ep.130 第一の扉、カイの記憶
名の回廊を進む火の輪の面々。
塔の中は、まるで風の迷路のように入り組んでいた。
「……ここ、全部が扉だ」
孝平が、壁に浮かぶ模様を見つめる。
「風の記憶が、ひとつずつ眠ってるんです」
ルアがうなずく。
「でも、開くのは“呼ばれた者”だけ」
そのとき、
ひとつの扉が、かすかに光を帯びた。
「……カイ?」
ヒメルが振り返る。
「……ああ。俺か」
カイが、少しだけ眉をひそめる。
「行ってこい」
孝平が背中を軽く押す。
「火の輪の先陣、頼んだぞ」
「……ったく、軽いな」
そう言いながら、カイは扉に手をかけた。
扉の向こうは、雪の原野だった。
白く、静かで、どこまでも広がっている。
「……ここは」
カイが、吐く息を見つめる。
遠くで、焚き火の煙が上がっていた。
そのそばに、小さな影がひとつ。
「……兄貴」
カイの声に、影が振り返る。
けれど、その顔は、風にかき消されて見えない。
「おまえは、まだ名を持ってない」
影が言った。
「だから、俺の名を借りてる。
でも、それは“おまえの名”じゃない」
「……知ってるよ」
「なら、探せ。
おまえの火は、おまえの名で燃えるべきだ」
風が吹いた。
雪が舞い、視界が白く染まる。
気づけば、カイはまた、回廊の中に立っていた。
「……戻ったか」
カイが、そっと目を閉じる。
「どうだった?」
孝平が尋ねる。
「……まあ、寒かった」
「それだけ?」
「それだけで、いいだろ」
けれど、カイの手には、
小さな黒い石が握られていた。
それは、彼の記憶の中から現れた、
“名のかけら”だった。
名の回廊、最初に開いたのはカイの扉。
雪の原野と、焚き火と、兄の影。
彼の“カイ”という名が、
誰かから借りたものであることが、
静かに明かされました。
けれど、彼はまだ語らない。
その沈黙もまた、火の輪の一部です。
次回は、第二の扉。
風が、次に誰の記憶を開くのか――
Von Voyage――雪の記憶に火を灯して。




