ep.129 風の塔、記憶のはじまり
塔の中は、思ったよりも明るかった。
けれど、それは光ではなく――風だった。
空間全体が、淡い光の粒で満ちている。
風が、記憶を運びながら、
ゆっくりと渦を描いていた。
「……ここ、空気が違う」
ヒメルが、そっと息を吸い込む。
「音が、ない」
カイが耳を澄ます。
「風の塔の内部は、“記憶の静寂”と呼ばれています」
ルアが、足元の石畳を見つめながら言った。
「ここでは、風が語る。
でも、声は聞こえない。
心で、感じるんです」
ソレイユが、ふと立ち止まる。
「……あ」
彼女の足元に、ひとつの風花が落ちていた。
けれど、それは今までの風花と違って、
透きとおった銀色をしていた。
「これ……」
手に取った瞬間、
胸の“名前の種”が、ふわりと脈打つ。
「見つけたね」
どこからともなく、声がした。
「ようこそ、“名の回廊”へ」
火の輪の面々の前に、
ゆっくりと現れたのは――
風でできた、ひとりの案内人だった。
その姿は、はっきりとは見えない。
けれど、どこか懐かしい気配があった。
「あなたたちは、“名をたずねる者たち”」
「この塔の中で、あなたたちは“記憶に触れる”ことになります」
「記憶に……?」
孝平が問い返す。
「はい。
風が集めた記憶の中に、
あなたたちの“名前のかけら”が眠っています」
「それを見つけたら、名前がわかるの?」
ソレイユが一歩前に出る。
「いいえ。
“見る”だけでは、名前にはなりません。
“選び、受け入れ、呼び返す”ことで、
はじめて“名”になります」
塔の中に、静かな風が吹いた。
それは、朝のはじまりを告げる風だった。
火の輪の旅は、
新たな段階へと進み始めた。
風の塔の内部――
そこは、記憶と風が交差する静かな空間でした。
“名をたずねる者”として、
火の輪の面々は、これからそれぞれの記憶に触れていきます。
ソレイユの“名前の種”が、
銀の風花に反応したことも、
この塔の深さを物語っているようです。
次回は、名の回廊の第一の扉。
誰の記憶が、最初に開かれるのか――
Von Voyage――風が記憶を運ぶ朝に。




