ep.123 風の国の旅人たち
「……あれ、舟?」
ミミルが、帆の向こうを指差した。
風の中に、もうひとつの舟が浮かんでいた。
火の輪の舟よりも小さく、
帆は白く、静かに風を受けている。
「誰か、乗ってる」
ヒメルが目を細める。
「こっちに気づいてるな」
カイが火壺を抱えたまま、立ち上がる。
やがて、もう一隻の舟が近づいてきた。
乗っていたのは、
白いマントを羽織った青年と、
その隣に座る、背の低い少女。
「こんにちは」
青年が、穏やかに手を振った。
「風の国へ?」
「……ああ」
孝平がうなずく。
「君たちも?」
「うん。僕らも“名前を探してる”んだ」
「名前を……?」
ソレイユが、思わず声を漏らす。
「うん。
風の塔には、“風の記憶帳”があるって聞いてね。
そこに、自分の名前の“かけら”が残ってるかもしれないって」
「……それ、誰に聞いたの?」
ヒメルが警戒気味に尋ねる。
「風だよ」
少女が、にこっと笑った。
「風がね、“そっちに行け”って言ったの」
「火の輪っていうんだよね?」
青年が、ふと真顔になる。
「君たちの旅、風の国でも噂になってるよ。
“火を運ぶ舟が来る”って」
「……誰がそんなことを」
孝平が眉をひそめる。
「さあ? 風が言ってたから」
青年が肩をすくめる。
「でも、たぶん――
君たちの旅は、誰かの記憶に触れてる。
だから、風が動いてるんだと思う」
「また会えるかな?」
少女が、舟を離れながら言った。
「風の塔で、会えるといいね」
「……ああ。Von Voyage」
孝平が、風に向かって手を振る。
「Von Voyage~!」
ミミルが大きく手を振った。
舟は再び、風を斜めに切って進み始めた。
風の塔は、まだ遠い。
でも、そこへ向かう旅人は、火の輪だけじゃない。
風の中で出会った、もうひとつの舟。
彼らもまた、“名前を探す旅”の途中でした。
火の輪の旅が、風の国に届いている。
それは、少し不思議で、でも確かな手応えです。
「風が言ってたから」
この言葉が、風の国の空気をよく表している気がします。
次回は、風の乱れと、進路の迷い。
火の輪の舟に、またひとつ試練が訪れます。
Von Voyage――風の旅人たちとすれ違って。




