ep.120 風花のささやき
浮島の朝は、静かだった。
風花がふわふわと舞い、
空気はほんのり甘く、どこか懐かしい。
「この島、音がやわらかいな」
孝平が、足元の草を踏みしめながら言った。
「風が音を包んでるんです」
ルアが、そっと風花を拾い上げる。
「この花、咲くときに“記憶の音”を吸い込むんですよ。
だから、耳を澄ませると……」
ルアが花を耳元に近づける。
その瞬間、かすかに――
「……おかえり」
誰かの声が、風に混じって聞こえた。
「今、聞こえた」
ルアが目を見開く。
「誰の声?」
孝平がのぞきこむ。
「わかりません。
でも、たぶん……この島に来た誰かの、記憶の残響です」
一方、ミミルは風花を髪にさして、
島の奥の小道をぴょんぴょん進んでいた。
「ねえねえ、ここ、なんか懐かしい気がする~」
「来たことあるのか?」
ヒメルが後ろからついてくる。
「ううん、ないよ~。でも、なんか……
“ここでかくれんぼしたことある”みたいな感じ?」
「それ、記憶の花のせいじゃない?」
「えっ、じゃあ、わたし、誰かのかくれんぼの記憶で動いてるの~!?」
「……まあ、ミミルならありえる」
「えへへ~、じゃあ、もう一回かくれよ~っと!」
そのころ、ソレイユはひとり、
島の端に立っていた。
風が、彼女の髪をやさしく揺らす。
胸の“名前の種”が、また少しだけ熱を帯びた。
「……この風、知ってる気がする」
でも、思い出せない。
名前も、場所も、誰の記憶かも。
ただ、心の奥が、
ふわりとほどけるような感覚だけが残った。
風花に宿る“記憶のささやき”が、
火の輪の面々に、そっと語りかけてきました。
ルアの耳に届いた「おかえり」、
ミミルの“かくれんぼの記憶”、
そしてソレイユの胸に触れた、名もなき風。
この島は、ただの寄り道じゃなさそうです。
次回は、浮島の奥で見つかる“風の記録”。
朝の終わりに、ひとつの扉が開きます。
Von Voyage――記憶の花が咲く島で。




