ep.115 夜明け前のざわめき
空がまだ暗いまま、
東の地平が、わずかに白み始めていた。
舟の上に、かすかな緊張が走る。
風が、また少し変わった。
「……風が、重い」
ルアが、星図を閉じて立ち上がる。
「重い?」
孝平が聞き返す。
「はい。流れが鈍く、湿っている。
何かが近いのかもしれません」
「何かって……嵐か?」
カイが火壺を抱えたまま、立ち上がる。
「それも可能性のひとつです」
モントが舵を握り直す。
「でも、これは……風の乱れじゃない。
“風の迷い”です」
「迷ってるのは、風のほうか」
孝平が空を見上げる。
ミミルが、舟のへりで耳を澄ませていた。
「……なんか、聞こえる」
「何が?」
ヒメルが近づく。
「風の中に、声が混じってるの~。
でも、言葉じゃない。
なんか、うーん……“さがしてる”感じ?」
「さがしてる……?」
「うん。誰かを、呼んでるみたいな」
ソレイユが、火壺のそばで膝を抱えていた。
胸の“名前の種”が、またふわりと温かくなる。
「……風が、名前を探してる」
「え?」
孝平が振り返る。
「わたしの……じゃないけど。
誰かの名前を、風が探してる気がする」
舟の上に、静かなざわめきが広がる。
風は、確かに何かを探していた。
それが“誰か”なのか、“何か”なのかは、まだわからない。
でも、火の輪の舟は、その風の中を進んでいく。
夜明け前の風が、ざわつき始めました。
それは、嵐の前触れではなく、
“風の迷い”。
そして、ソレイユの“名前の種”がまた温かくなりました。
風が、名前を探している――
この旅の核心が、少しずつ近づいてきています。
次回は、風の中に現れる“影”。
火の輪の舟に、試練の気配が近づきます。
Von Voyage――風の名をたずねて。




