ep.107 風導師が告げるもの
風導師の足が砂を踏んだ瞬間、
火の輪の空気がわずかに震えた。
焚き火は揺れず、風鈴も鳴らない。
ただ、風だけが静かに渦を巻き、
その中心に白い外套の女性が立っていた。
「……火の輪の者よ。
私は“風導師リゼ”。
風の国より、急ぎの使いとして来た」
孝平は、焚き火の前に立ち、静かにうなずいた。
「火の輪へようこそ。
話を聞こう」
リゼは、周囲を見渡した。
火の輪の暮らし手たちが、
それぞれの距離で彼女を見つめている。
ミミルは孝平の後ろから顔を出し、
波留は海辺から戻り、
トモエは鍋の蓋を押さえ、
ヒメルは荷袋を抱え、
ルアとモントは風鈴の下で息を潜め、
レーゲンとガルドは剣を置いたまま立ち、
ソレイユは胸の“名前の種”を押さえていた。
そして――
カイが一歩前に出た。
「……リゼ。
風の国は、どうなった」
リゼは、彼をまっすぐ見た。
「カイ。
あなたが去ったあと、風はさらに乱れた。
精霊たちは怒り、街は崩れ、
“風の塔”は……沈黙した」
カイの表情が固まる。
「……塔が、沈黙……?」
「ええ。
風の塔は、精霊と国をつなぐ唯一の柱。
その塔が沈黙したということは――
風の国は、もう“風を制御できない”ということ」
風鈴が、かすかに鳴った。
■
ルアが手帳を開き、震える手で書き込む。
“風の塔、沈黙。
精霊の暴走、国の崩壊”
モントは風鈴を見上げた。
「……風が、泣いています」
リゼはうなずいた。
「精霊たちは、怒りと恐怖の中にいる。
そして……“火”を求めている」
孝平は、焚き火を見つめた。
「火を……?」
「ええ。
風を鎮めるには、火が必要。
でも、火の国は閉ざされ、
火を扱える者はどこにもいないと思われていた」
リゼの視線が、カイへ向く。
「……あなたが、火の輪に辿り着くまでは」
カイは、火壺を抱えたまま、
焚き火の赤を見つめた。
「……俺は、火を探した。
風を鎮めるために」
「その火が、ここにある」
リゼは、焚き火に手をかざした。
火は、ふっと揺れ、彼女の手に寄り添うように光った。
「火の輪の火……
これほど穏やかで、強い火が残っていたとは」
孝平は、静かに言った。
「火の輪は、戦う場所じゃない。
でも……誰かを助ける火なら、灯せる」
リゼは、深く息を吸った。
「だから来た。
火の輪に、お願いがある」
火の輪の空気が、わずかに緊張する。
「風の国を……助けてほしい」
風鈴が、ちりん、と鳴った。
火の輪に、ひとつの“運命”が落ちた瞬間だった。
今回は、風導師リゼが火の輪に現れ、
“風の国の真実”を語る回でした。
・風の塔の沈黙
・精霊の暴走
・火を求める風
・カイが火の輪に辿り着いた意味
・そして、風の国からの正式な“願い”
火の輪の静かな暮らしの中に、
大きな選択が落ちてきました。
次回 ep.108 では、
火の輪の面々が“風の国を助けるかどうか”を話し合い、
物語が本格的に冒険へ踏み出します。
それじゃ、また火のそばで。




