ep.106 風の国からの使い
夜の火の輪は、昼よりも静かだった。
焚き火の赤は深く、風鈴の音はほとんど鳴らない。
まるで、風そのものが息を潜めているようだった。
孝平は、火のそばに座るカイを見ていた。
彼は火壺を抱えたまま、風の流れを探るように目を閉じている。
「……まだ、呼んでるか?」
孝平が問うと、カイはゆっくりと目を開いた。
「呼んでる。
でも……“来るな”じゃない」
「じゃあ、今は?」
カイは、焚き火の揺れを見つめた。
「“来る”……だ」
その瞬間、風鈴が鋭く鳴った。
ちりん――。
火の輪の空気が、わずかに震えた。
■
波留が海辺から駆けてきた。
「孝平! 海の向こうに……影がある!」
「舟か?」
「いや……舟じゃない。
“歩いてる”」
孝平は眉をひそめた。
「歩いてる……?」
波留は息を整えながら続けた。
「海の上を、だ」
ミミルが目を丸くする。
「海の上を~!? そんなの、できないよ~!」
「できる奴がいるんだよ」
カイが立ち上がる。
「風の国の“使い”だ」
■
火の輪の中央に、ざわめきが広がった。
ヒメルは荷袋を抱えたまま、風の匂いを嗅ぐ。
「……嫌な風じゃないけど、軽くもないわね」
トモエは鍋の蓋を閉じ、火から少し離れた。
「客ならいいが……敵じゃなきゃいいねぇ」
ルアは手帳を開き、淡々と記録を始める。
“風の国の使い、海上を歩き火の輪へ接近”
モントは風鈴を見上げた。
「風が……道を作っています。
あれは、精霊の力です」
レーゲンは剣を置いたまま、静かに立ち上がった。
「剣は抜かない。
だが……備える」
ガルドも同じように立ち、火の輪の外側へ視線を向けた。
「火の輪を守るのは、剣ではなく火だ。
だが、立つことはできる」
■
ソレイユは、焚き火の前で膝を抱えたまま、
胸の“名前の種”を押さえていた。
「……風が、怖い音してる」
ネーベルが隣に座る。
「ええ。
でも、火は静かです。
だから、大丈夫ですよ」
ソレイユは、小さくうなずいた。
「……火が、守ってくれる?」
「もちろん」
■
やがて――
海の向こうから、ひとつの影が現れた。
白い外套。
長い杖。
風に揺れる銀の飾り。
その人物は、海の上を歩くようにして、
まっすぐ火の輪へ向かってくる。
カイが息を呑んだ。
「……あれは、“風導師”だ」
孝平は、焚き火の前に立った。
「風導師……?」
「風の国で、精霊と直接話せる者。
国が乱れた時、最初に動くのはあいつらだ」
影が、砂の上に足をつけた。
風が、火の輪の中央へ向かって流れ込む。
そして――
フードを外した。
そこに立っていたのは、
鋭い瞳を持つ女性だった。
「……火の輪の者よ。
風の国より、使いとして来た」
風鈴が、ちりん、と鳴った。
火の輪に、風の国の“声”が届いた瞬間だった。
今回は、ついに“風の国の使い”が火の輪に現れる回でした。
・海の上を歩く影
・風鈴の乱れ
・精霊の道
・風導師という存在
・火の輪の面々の反応
火の輪の静かな暮らしの中に、
本格的に“外の国の問題”が入り込んできます。
次回 ep.107 では、
風導師が火の輪に来た理由、
そして“風の国で何が起きているのか”が語られます。
それじゃ、また火のそばで。




