ep.105 風の国の影、火の輪に届く
夕方の火の輪は、昼よりも静かだった。
潮風が弱まり、焚き火の赤が砂の上に長い影を落としている。
孝平は、火壺を抱えたカイの様子を見ながら、
火の輪の中央へ戻ってきた。
「……今日はここまでだな」
「そうだな。
風を抑えるのは、思ったより……疲れる」
カイは火壺をそっと砂の上に置いた。
火は、まるで彼の手を名残惜しむように揺れている。
ミミルが駆け寄ってきた。
「カイくん~! すごかったよ~!
風が“ぴたっ”って止まったの~!」
「止めたんじゃない。
……寄り添わせただけだ」
「それがすごいの~!」
ミミルは、まるで自分のことのように喜んでいた。
■
その横で、トモエが鍋をかき混ぜながら言った。
「風を扱えるなら、火の輪でも役に立つよ。
火を運ぶにも、火を守るにもね」
「……役に立つ、か」
「そうさ。
火の輪は、誰かの役に立つことで“暮らし手”になるんだよ」
カイは、焚き火の赤を見つめた。
「……暮らし手、か」
■
少し離れた場所で、ルアとモントが風鈴を観察していた。
風鈴は、夕方の風に揺れながら、どこか落ち着かない音を鳴らしている。
「……やはり、風が乱れています」
モントがつぶやく。
「カイの風ではないな」
ルアが手帳を閉じる。
「外の風だ。
“何かが近づいている”風だ」
「精霊……でしょうか」
「可能性は高い」
風鈴が、ちりん、と短く鳴った。
その音は、昼間よりも鋭い。
■
レーゲンは、剣を置いたまま空を見上げていた。
「……風が重いな」
ガルドがうなずく。
「嵐の前の風だ。
だが、雨の匂いはしない」
「精霊の気配か」
「そうだろう」
二人の声は低いが、火の輪の空気を引き締める。
■
ソレイユは、焚き火の前で膝を抱えていた。
胸の“名前の種”が、またふわりと温かくなる。
「……風が、ざわざわしてる」
ネーベルが隣に座る。
「ええ。
火の輪に、何かが近づいています」
「怖いもの……?」
「まだわかりません。
でも、火の輪の火は静かです。
だから、恐れる必要はありませんよ」
ソレイユは、焚き火に手を伸ばした。
「……火が、守ってくれる?」
「もちろん」
■
孝平は、火壺を抱えたカイの隣に立った。
「カイ。
風の国で、精霊が乱れた時……
前触れはあったか?」
カイは、しばらく沈黙した。
「……あった。
風が重くなる。
音が濁る。
そして……“風が呼ぶ”」
「呼ぶ?」
「誰かを。
何かを。
……助けを求めるように」
孝平は、火の輪の中央を見つめた。
「今の風は……どうだ?」
カイは、目を閉じて風を感じた。
夕方の風が、彼の外套を揺らす。
「……呼んでる。
でも……“助けて”じゃない」
「じゃあ、なんだ?」
カイは、ゆっくりと目を開いた。
「“来るな”……だ」
風鈴が、鋭く鳴った。
火の輪に、風の国の影が届いた瞬間だった。
今回は、火の輪に“風の国の影”が近づく回でした。
・風鈴の乱れ
・外の風の重さ
・精霊の気配
・カイの風が感じ取る“警告”
火の輪の静かな暮らしの中に、
少しずつ“冒険の匂い”が混ざり始めています。
次回 ep.106 では、
風の国からの“使い”が火の輪に現れ、
物語が大きく動き始めます。
それじゃ、また火のそばで。




