ep.100 風の国の影
朝の焚き火は、夜よりも静かに揺れていた。
火の輪の空気は穏やかだが、その中心に座るカイだけが、どこか落ち着かない影をまとっている。
孝平は、湯を注ぎながら声をかけた。
「眠れたか?」
「……ああ。火のそばなら、少しは」
カイは湯気を見つめたまま、言葉を探すように沈黙した。
その沈黙を破ったのは、ミミルの軽い足音だった。
「カイくん~、朝ごはんだよ~!
火の輪雑煮、今日もおいしいよ~!」
トモエが鍋をかき混ぜながら笑う。
「食え。腹が減ってちゃ、風にも負ける」
「……風に、負けるか」
カイは椀を受け取り、ゆっくりと口に運んだ。
その表情が、ほんの少しだけ緩む。
「……うまい。
こんな味、久しぶりだ」
「火の味だよ~」
ミミルが胸を張る。
「火の輪の火はね、“安心の味”なの~!」
カイはその言葉に、かすかに笑った。
■
少し離れた場所で、モントが風鈴を見上げていた。
風が、いつもより不規則に揺れている。
「……やはり、風が乱れている」
ルアが手帳を開きながら近づく。
「カイの話、事実だと考えていいのか?」
「精霊の乱れは、風鈴に出ます。
火の輪の風は敏感ですから」
二人の視線の先で、風鈴がちりん、と短く鳴った。
■
レーゲンは、火のそばで剣を磨かずに座っていた。
その視線は、カイの背中に向けられている。
「……あいつ、戦ってきた目だな」
ガルドがうなずく。
「だが、戦うために来たわけではない。
“逃げてきた者の目”だ」
「火の輪は、そういう奴をよく拾うな」
「火が呼ぶんだろう」
二人の会話は短いが、火の揺れと同じくらい確かな温度があった。
■
ソレイユは、焚き火の前で膝を抱えていた。
胸の“名前の種”が、またふわりと温かくなる。
「……あの人、風の音がついてる」
ネーベルが隣に座る。
「ええ。
風の国の者は、皆どこかに“風の音”を持っています」
「……怖い音じゃない?」
「いいえ。
ただ……疲れている音です」
ソレイユは、焚き火に手を伸ばした。
「じゃあ……火で、あっためられるかな」
「きっと」
■
孝平は、カイの隣に腰を下ろした。
「風の国で、何があった?」
カイは、しばらく火を見つめていた。
火の揺れが、彼の瞳に映る。
「……風が、暴れ始めた。
精霊たちが、怒っている。
理由はわからない。
ただ……風の国は、もう持たない」
孝平は、静かに息を吐いた。
「だから火を探したのか」
「風を鎮めるには、火が必要だ。
でも……火の国は閉ざされている。
火を持つ者は、どこにもいないと思っていた」
カイは、焚き火に手をかざした。
「……ここに来るまでは」
火が、ふっと揺れた。
まるで答えるように。
孝平は、火の輪の中心を見つめた。
「カイ。
火の輪は、戦う場所じゃない。
でも……誰かを助ける火なら、きっと灯せる」
カイは、ゆっくりとうなずいた。
「……なら、俺は……ここで学ばせてほしい。
風を鎮める火の使い方を」
風鈴が、ちりん、と鳴った。
火の輪に、ひとつの“決意”が落ちた瞬間だった。
今回は、カイが“風の国で何が起きているのか”を語る回でした。
・精霊の乱れ
・風の国の崩壊
・火を探していた理由
・火の輪の火が彼に反応する理由
火の輪の静かな暮らしの中に、
少しずつ“冒険の影”が差し込み始めています。
次回 ep.101 では、
カイが火の輪の暮らしに溶け込みながら、
“火の使い方”を学び始めます。
それじゃ、また火のそばで。




