ep.97 風の向こうから、影がひとつ
年明けの朝の光が、火の輪の砂を白く照らしていた。
焚き火はまだ赤く、昨夜の余韻を抱えたまま静かに揺れている。
孝平は、海の方へ歩いていた。
双子が「新しい音が来る」と言ったのが気になっていたのだ。
波は穏やかだが、風が少しだけ速い。
潮の匂いが、いつもより濃い。
「……来るな」
孝平がつぶやくと、背後からミミルが跳ねてきた。
「来るよ~! ぜったい来るよ~!
“はじめまして”の匂いがするもん!」
「匂いでわかるのか?」
「わかるの~! 火の輪の風はね、
“誰かを連れてくる時だけ”こうなるの!」
ミミルが胸を張ると、波留が苦笑した。
「ミミルの勘は当たるからな……」
その時だった。
海の向こう、水平線の端に、小さな黒い影が揺れた。
孝平は目を細める。
「……舟だ」
風がひとつ跳ね、波がひとつ盛り上がる。
舟は、火の輪へ向かっていた。
■
火の輪の中央では、朝の支度が進んでいた。
トモエが鍋をかき混ぜながら言う。
「来客かい? 年明け早々、忙しいねぇ」
「忙しいのはいいことだよ」
ヒメルが荷袋を締め直す。
「“交換”の相手が増えるってことだもの」
ルアは手帳を開き、さらりと書き込む。
「“年明けの来訪者、火の輪に新しい風をもたらす”……と」
モントが風鈴を見上げる。
「風が……呼んでいますね。
火の輪の中心へ、まっすぐに」
レーゲンは剣を置いたまま、火を見つめていた。
「また誰かが来るのか。
……悪くない」
ソレイユは火の前で、胸に手を当てていた。
「……名前の種、あったかい。
新しい人にも、聞こえるかな」
ネーベルが微笑む。
「火の輪の音は、誰にでも届きますよ」
■
舟が近づくにつれ、火の輪の空気が変わった。
風がひとつ、輪を描くように回り、
砂の上に小さな渦を作る。
孝平は、海辺に立ったまま動かない。
舟は、ゆっくりと砂に触れた。
そして――
ひとりの影が、舟から降りた。
黒い外套。
深いフード。
足取りは静かで、しかし迷いがない。
ミミルが息をのむ。
「……あの人、火の輪の音が“聞こえてる”……」
孝平は、影の人物を見つめた。
「ようこそ。火の輪へ」
影は、フードを外した。
そこに立っていたのは――
若い男だった。
瞳は鋭く、しかしどこか疲れている。
「……火を、探していた」
その声は、風に溶けるように静かだった。
孝平は、焚き火の方を振り返る。
「ここにあるよ。
火の輪の火が」
男は、ゆっくりとうなずいた。
「……なら、俺は……ここに来るべきだったんだな」
風鈴が、ちりん、と鳴った。
火の輪に、またひとつ“はじめまして”が落ちてきた。
今回は、年明け最初の来訪者が火の輪に現れる回でした。
全体の流れの中に、
ミミル、波留、トモエ、ヒメル、ルア、モント、レーゲン、ソレイユ、ネーベル……
それぞれの反応を少しずつ織り込みながら、
“火の輪に新しい風が入ってくる瞬間”を描きました。
次回 ep.98 では、
この謎の来訪者が何者なのか、
火の輪に何をもたらすのか――
物語が一歩、冒険へと踏み出します。
それじゃ、また火のそばで。




