八、恐怖を乗り越えて
僕はなんとか彼女を説得し、六時ごろやっと共にギルドのドアへたどり着いた。中からは美味しそうな料理の匂いが漏れ出ていて、僕らはますます腹を空かせた。着いてきてくれたものの、彼女の手は震えている。彼女と僕は同年齢だが、なんだか妹のようで可愛らしかった。僕が彼女に振り返ると、僕は服の裾を彼女の小さな手に掴まれていた。
「大丈夫」
そう言ってあげると彼女は少し微笑んだ。
ドアを開け、彼女を連れて中に入る。彼女曰く、このギルドには入ったことがないらしい。きっと彼女が過去に行ったギルドにセリナさんのような人がいなかっただけだ。そう思い僕は彼女が後ろにいることを確認しながらカウンターまで賑わうテーブルの間を通った。まだ慣れていなく僕は体を小さくして通ったが、彼女はそれ以上に蹲りながら机を避けた。
「あらあらあらー?ヨウくんったらもうすっかり仲良くなっているようですね!」
僕たちに気づいたセリナさんがポンっと手を合わせて言う。
「こんにちは……」
彼女もセリナさんに挨拶をした。
「はい、こんにちは。彼女さんですか?」
セリナさんが嬉しそうに聞く。
「か、彼女?!」
ローブの子は驚いて言った。
「セリナさん!僕たちはそうではなくて……あの、ふたりでパーティを組みたいんです」
僕がすぐに訂正すると、自分の勘違いだと気づいたセリナさんは承諾してくれた。
「もちろんです!では、このカードにおふたりのお名前を書いてくださいね。ヨウくんは言葉が分からないから私が書いておきますね」
そう甘い声で言うと、セリナさんは枠の入った紙切れを取り出し、僕の名前だと思われるものを記入してからローブの子に渡した。
そういえば、僕は彼女の名前を知らない。そして記入する彼女を見ていても、この世界の文字は読めない。字を見つめている僕にはただのぐちゃぐちゃにしか見えなかった。どうやら文字に関しては意味は分かるが、名前のような日本語に意味の結びつかないものは理解できないらしい。僕は高いカウンターに背伸びしてペンを握る彼女を見ながらじっと待った。
「はい、ありがとうございます」
ローブの子が記入し終わるとセリナさんが紙を受け取り、名前を読み上げた。
「ヨウ・イマムラさん、フィーミェン・ロランジュさんですね」
僕はセリナさんにまだ名前を呼ばれ、動揺している間にローブの子の名前を聞き逃してしまった。セリナさんの時とまた同じことをしてしまっている。
セリナさんが後ろを向き、壁に鎮座する大きな棚を見上げた。天井まで高さがあり、セリナさんを軽々と超えていた。彼女は数々の引き出しをじっと見ると、ひとつ引き開けた。
「どこだったかしら……」
彼女は次の引き出しを開ける。そしてその次、そのまた次と開けていくうちに、半分以上の引き出しが開けられていた。
「ありました!」
セリナさんはやっと目的のものを見つけ、その引き出しの中から金色のカードを取り出した。先程僕らが名前を記入した紙と一緒にカウンターに並べ、何かを記入し始めた。
「これは冒険者カードです。このカードは世界共通、どこのギルドでも使えます。無くさないでくださいね」
記入し終わると彼女はカードを僕にくれた。
「ロランジュさんはもう持っているようですね」
ローブの子は「はい」と答えるとポケットから同じような金色のカードを取り出した。
僕は自分のカードに視線を戻し、数々の項目を眺めた。
「現在所持ポイント、依頼達成数、依頼失敗数……」
僕はひとつずつ読み上げた。
「依頼を達成し、ギルドに証拠と共に報告すると、ポイントがもらえるんです。このポイントは銀行で通貨に変換し、物を購入できます」
セリナさんが説明を続ける。
「依頼達成数と依頼失敗数、これらによって受けられる依頼の難易度が決まっています。達成すればするほど難易度の高い依頼を受けられ、多額の報酬を得ることができます。その分、失敗してしまうと信用を失い、高い難易度の依頼は受けられません」
とてつもない情報を吹きかけられ、しばらく僕の脳は停止した。とりあえず依頼をこなせばこなすほど報酬が上がると言うことだろう。僕は少し気になったのでローブの子の所持ポイントの枠や依頼数の枠を除いた。一度聞いたからか、彼女の名前も読めるようになっていたのである。
名前: フィーミェン・ロランジュ
現在所持ポイント: 13
依頼達成数: 62
依頼失敗数: 1
僕には一度にもらえる報酬を知らないのでどのくらいポイントをもらえるのかは分からないが、なんとなく13は少なさそうだと思った。
僕が話を整理できたと思ったのか、セリナさんは話を続けた。
「最初の25依頼は簡単なお手伝いです。魔物と戦うような危険な依頼は受けられません。他に質問がありましたら、いつでもお気軽に聞いてくださいね!」
フィーミェン・ロランジュ。彼女はすでに25以上の依頼を達成している。僕も彼女に追いつかなければと思った。
その時突然、僕らのお腹がまた鳴ってしまった。
「あら、おふたりともお腹が空いているようですね。お好きなところに座っていてください」
セリナさんに言われ、僕はフィーミェンさんを連れて隅の方のふたり用テーブルに座った。他にも空いているところはいくつかあったが、彼女の性格からして静かに食べたいだろうと思い、わざわざ端を選んだ。周りから見たら僕らはカップルに見えるのだろうかとセリナさんに言われたことを思い出し、ひとりでにウキウキしていた。勿論僕に出会いなどあったことはない。多様性の時代、男女問わずが敵となり、異性同性問わず僕の仲が良かった人たちは皆パートナーを見つけてしまった。まあ毎日挨拶を交わすだけの仲が僕の知る友情のほとんどだったのだが……
僕は向かい合わせに座る彼女のことを見ることができなかった。恥ずかしくなってしまい、僕の目線は彼女の顔から下がっていくと、胸で止まってしまった。わざと見るようなつもりはなく、自分が見ていると言う実感もなかった。僕の目は固まり、何も意識せずに彼女の胸をガン見していた。小島がふたつ、海に浮かんでいた。照れたのか身体をずらす彼女にハッとし、咄嗟に天井を見た。これから気まずくなってしまうと自分の失敗を後悔しているうちに、視界の端からセリナさんが見えた。
「セ、セリナさん!」
僕は彼女の方を向いた。セリナさんは様々な料理をトレイに乗せていて、ひとつひとつ僕らの座る机に移していった。
「こ、こんなに!私お金ないんです!」
慌ててフィーミェンさんはセリナさんを見上げながら叫んだ。
するとセリナさんは優しい声で彼女を宥めた。
「大丈夫。好きなだけ食べてください。おふたりとも疲れたでしょう」
セリナさんはその言葉を置いて行ってしまった。
僕は目の前にあるものをすぐに食べ始めたが、フィーミェンさんがなかなか手をつけないことに気がつくと彼女を見上げた。彼女の両手は膝にあり、顔は下を向いていた。涙の雨が降る。
「私、ここに来てからこんなに優しくされて……こんなの初めてで……」
声は震えていたが、口元は笑っていた。僕もにっこりとしながら、彼女に一言。
「ほら、早く食べないと冷めちゃいますよ」
ローブの裾をまくり、フォークを手に取ると、焼き上げられた鶏肉を刺し、口に入れた。彼女の顎が上下するに連れて表情が和らぎ、とても幸せそうに食べ続けた。そんな彼女を見て、僕は安心した。この笑顔を守りたい、そう思ってしまった。僕らはあっという間に五人前ほどあった料理を平らげてしまった。この時、僕はこれから先のことなんて考えていなかったけれど、目標がひとつあった。この世界で仲間と呼べる人を探す。そして美しい世界を見にいきたい。これはただの第一歩に過ぎない。アキラの父親、勇者にはまだ会うつもりだが、僕も帰る気は全くない。ここを家と、故郷と呼べるようになる日まで、僕は生きると決めた。
次回、第九話 端緒の決心
1/2 金曜日 17:30公開!




