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七、少女の街案内

 僕がドアを押し開け、ギルドから出てT字路を左右に見渡すと、すぐ左の建物も扉があき、誰かが出てきた。建物の中にいる誰かに怒鳴られながら出てきた女の子は何やら星座柄のような紫色のローブを身に纏っている。

「いや、あのほんっとうにごめんなさい!そんな簡単に割れるとは思ってなくて……」

 ペコペコ謝りながら出てきたのは背の低い女性だった。ゲナートとセリナさん、パンジルさんまでもが僕より背が高く、アキラもそれほど低いわけではないのでこちらに来てから背の高い人ばかりだった。そのため、彼女のなんだか新鮮な背丈にホッとしてしまった。

「二度と来るんじゃない!」

 彼女が中から通りに突き出されると、バタンと扉を閉められてしまった。ため息をつく彼女と僕の目が合ったが、すぐ互いに逸らした。僕はギルドのドアをそっと閉めると、彼女のところへ数歩進んだ。僕は彼女が追い出された建物をじっと見た。見たことのない言語で書かれた看板を見つめているうちに、意味が頭の中に入って来た。魔道具店。彼女は魔道具を買おうとしていたのだろうか。とすると、彼女の着ているのは魔法使いのローブなのかもしれない。彼女の装備を確認する限り、杖や鞄は見当たらない。魔法を使ってコンパクトに収納しているのだろうか?僕はひとまず話しかけてみることにした。

「お、おはようございます」

 見るからにして年下の子だが、セリナさんのように見た目から年齢が全く判断できない以上、この少女にため口聞いて実は五十歳でしたなどと言われたくはない。ひとまず万人に敬語を使っておくのが良いと思った。この世界の言語に敬語などあるのだろうかと思ったが、今更考えても遅い。

「あ、こんにちは。ごめんなさいすぐにどくので……」

 そう言うと彼女は僕に背を向けて道の端に歩み寄った。

「邪魔じゃないですよ、何かお困りの様子でしたので」

 僕が問うと、彼女は僕の背後にあるギルドを一目見て下を向いた。

「いえ、私は何も困っておりません」

 彼女は僕に背を向け、再び逃げようとした。引き留めるのも失礼だと思ったが、僕には彼女を放っておくことができなかった。

「魔法使いですよね?」

 彼女は僕の言葉にピタリと止まった。

「そうですけれども……」

 彼女が今度は僕の服装を見て聞いてきた。

「あなたは?」

「僕は冒険者でも何でもないんですけど」

 そう教えると彼女の顔が少し明るくなって態度も微かに変化した。

「そうなんですね!この街にお住まいですか?」

「いや、そういうわけではなくて……あの、この街を案内してくれませんか?」

 僕は思い切って彼女に聞いてみることにした。僕は人見知りだ。ここでこの人に頼まなければいったい誰に頼むというのだ。他の人にまた話しかけるなんてとんでもない。僕は彼女の返答を待ちながら祈った。

「もちろん、私なんかでよければ!」

 はしゃぐ彼女を見て僕はホッとした。僕は突如出会った魔法使いの少女?に街を案内してもらうこととなり、彼女に着いて行った。ギルドから魔道具店の方向にまっすぐ歩き、道の両側に並ぶ建物を目にした。

「えーっと、ここが兵士さん達の訓練場で、街の中でもとても古い所です。こちらが薬草屋で、いろんな地方から質のいい薬草が揃えられています」

 ひとつひとつ丁寧に説明しながら彼女は僕を連れてどんどん歩いた。

「ここは商店街になっているんです」

 僕たちは屋台のようなものがズラッと並ぶ広場に出て、数々の店を見て回った。

 彼女は食べ物やネックレス、いろいろなものを見ていたが、財布を取り出すことはなかった。広場を抜けると、一段と大きな建物があった。

「ここが銀行です。国で発行されているカードを持っていれば、どこの街の銀行でも引き下ろしや預け入れができます。まあ、私はお金がないんですけれども……」

 残念そうに彼女は銀行を見つめながら通り過ぎた。

 さらに街外れの方へ向かって歩いていると、ふいに僕の腹がキュルと鳴った。彼女がこちらを見たので、僕は思わず咳払いでごまかす。

「えっと、そろそろお昼。いや、もう夕方ですかね」

「そう、ですね……」

 彼女が返事をしたその直後、今度は彼女のお腹が、僕のよりずっと大きく鳴った。

「……っ!」

 彼女は紫色のローブの袖で顔を隠し、小さくしゃがみ込むようにしてうずくまった。

「ご、ごめんなさい!お、お昼まだで、あの……朝から……」

 声がどんどん小さくなる。

 僕は時間を確認しようとポケットの中に右手を突っ込んだ。しかし毎度のように僕の手は何もつかめず、ここが別の世界であるということを実感させられる。僕は周囲を見渡した。人通りは少なく、広場の中央にある大時計がちょうど五時を回ったところだった。針がカチリと鳴る。

 五時。ギルドなら、ちょうどセリナさんが夕方の手が空く時間帯じゃないか。

「その……ギルドに戻れば、何か出してくれると思うんです。よければ一緒に……」

「だ、だめです!」

 僕の言葉を遮るように、彼女が慌てて叫んだ。

 驚いて見ると、さっきまでの小柄さからは想像もできないほど強い目で僕を見上げていた。しかし、その瞳はすぐ伏せられ、ローブの裾がぎゅっと握られる。

 僕もできる限りパンジルのところには戻りたくないので彼女が拒んだことに少しホッとした。セリナさんと話した時からの反省もせず、僕は無意識になぜ彼女がギルドを拒むのかを聞いてしまった。

「ど、どうしてですか?」

 僕からしては、アキラやゲナート、セリナさんなどの優しい人たちばかりだ。もちろんパンジルのような人もいるが、それは極わずかだ。僕は昨夜と今朝だけでギルドのとても歓迎されるような雰囲気を好むようになり、あまり社交の好きではなかった僕でも居心地が良いと感じた。彼女にもそれが分かってくれればと思ったが、このような反応はギルドを知らないというものではない。彼女はギルドで何かあったに違いない。だがこの街の人々を知らない僕には彼女とギルドの間にどんな事件事故があったかが分からない。思い浮かぶのは、パンジルが彼女を過去にアキラを奪う邪魔者とみなし、けちょんけちょんにしてしまったかもしれないことくらいだ。当然、そんなしょうもない理由ではなかった。

「あっ、えっ。私、いやっ……」

 躊躇う彼女を見て僕は自分の過ちに気がついた。

 「ごめんなさい!無意識に失礼なことを……」

 僕が言った時にはもう手遅れだった。

 彼女の心にあった傷口を僕は開いてしまった。ローブの袖で目を抑えこぼれ出る涙と泣き声を塞いでいた。静かな広場に彼女のうめき声が微かに響く。

「やだっ、涙が……とまらない……っ」

 しゃっくりを繰り返すと同時に彼女の頭は跳ね上がったり沈んだりした。隣に座っていた僕までもなんだか泣きたい気分になってしまった。

「すみません、こんな見苦しいところを。もう二十一にもなって、私ったらいつまでも子供みたいに……」

 しばらくして落ち着いた後、彼女は静かに言った。目線は自身のボロボロの靴に釘付けだ。僕も今の今まで彼女をちゃんと見たことがなかったが、とても驚かされることだった。黒い髪の毛は長いが、ところどころが絡み合ってしまっている。靴も靴下も僕の以上にボロボロで、彼女の背丈に合っていなさそうだった。この容姿で二十一歳という驚きを吹き飛ばすほどになぜローブだけが新品のようにきれいなのかが不思議で仕方なかった。

「私は、魔法使いなんです。でも、生まれつき貧弱な体で、剣を持つことはできず、魔法ですらうまく扱えません」

 語りだした彼女の話を僕はただ黙って聞くことにした。

「魔導士はパーティの中でも強力なサポート役です。攻守を同時に行い、メンバーの背中を守らなければなりません。そのためか、汚れていないローブは強者の証なんです」

 彼女はローブの袖を伸ばし、手を隠した。

 「ですが、私は十七年前、魔王軍の手によって両親を亡くしました。取り残された私は当時五歳。魔法を教えてくれる者はおらず、お金もない状態でした。お金、服、才能もないこんな私を受け入れてくれるパーティは居ませんでした。このローブ、残りの財産を全て使って買ったものなのですが、それでも私を仲間に入れてくれるところはありません」

 彼女の気持ちはよく分かるつもりだ。僕も時々そんなように思ってしまう。ひとりでも自分を信じてくれる人がいるとどれだけの救いになるのかを僕は知っている。かつて僕を助けてくれた人がいたように、今度は僕が彼女を助ける番だ。

「あの、もしよかったら僕とパーティを組みませんか?僕、何も分からないですけど、二人で一緒に強くなれると思います!」

 僕の提案に彼女の顔は固まった。目は大きく開き、怪訝そうに僕を見ていた。

「えっ、本当ですか?!」

 ようやく彼女の口は動き出し、高い声で嬉しそうに聞き返した。

「お願いします!」

 と僕は彼女に頭を下げた。

次回、第八話 恐怖を乗り越えて

12/29 月曜日 17:30公開!

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