四、同郷の子
自分の父親も異世界人、つまり僕の世界からやって来た人だと言われ、この青年にすっかりと心を許してしまった。
「陽」
僕が名前を告げると彼に鼻で笑われた。
「今更挨拶かい?」
そのセリフは子供のころから何度も聞いてきた。小学校六年間、中学校、高校、大学でも。陽という名前はどうしても「よう!」とか「やあ!」に聞こえてしまい、僕の名前は自己紹介のついでに挨拶をしているのだと周りにネタ化されているうちに自分も乗って行ってしまった。久しぶりに言われ、少しだけピリッと来た。
「よく言われるよ。でも名前さ」
彼は笑いをこらえるのに必死そうだった。
「すまない……。俺はアキラだ」
その名前を聞いて僕は一安心した。ただの名前なのに、この世界に来てからバクバクと動いていた心臓がようやく落ち着いたように感じた。とても日本人のような名前だ。父親が名付けたのならば、日本人とみて間違いないだろう。僕はすでに彼の父親と会うことにうきうきとしていた。
同じ日本人がこの世界にいると確信して舞い上がっていたが、塔で言われたことを思い出し、アキラを問い詰めた。
「君のお父さんはどうやってこの世界に来たんだい?」
僕が尋ねると、得意げになって彼は説明し始めた。
「父さんは二ホンってところからこの世界に召喚されたんだ」
アキラの話によると、彼の父親は魔王を倒すために国が何十人もの魔導士を募って召喚させたらしい。勇者となり、無事魔王を倒した彼の父親はこの世界を随分と満喫しているらしい。とはいっても、今のところ元の世界に帰る方法はないらしいのだから、楽しんだ者勝ちではあると思う。納得いかないのはあの塔の兵士だ。アキラ君はこれほど僕が異世界から来たと分かってくれるのに、突然この世界に飛ばされ狼狽していた僕と男の話が齟齬してしまった上に、憐憫の情を見せられて矜持を傷つけられた気分だ。しかしそれもアキラ君がしっかりと説明してくれた。
「普通、君や父さんのような異世界人は国が召喚させるものだから、国土全土に召喚されるというニュースがあっという間に広がるものなんだ。僕は誰かが召喚されるなんて聞いてないし、儀式は王都で行うからこんな遠くには召喚されないはずだ」
彼の話を聞いていたが、だんだんと着いていけなくなり、最後のほうはただ頷いていた。僕はこの世界に来るはずではなかった、ということだろう。どうして僕がこの世界に来てしまったのかはさっぱりだが、とりあえずは言われた通りギルドに行き、セナという人に会うつもりだと彼に伝えた。
「じゃあ、僕も着いていくよ」
とアキラ。一本道なので道案内は大丈夫だが、この長い徒歩の旅で誰か話し相手がいるのは僕にとって救いであった。僕は人見知りな癖をして、興味のある内容や仲間内ではとことん喋る。いわゆるオタクのような性格をしている。僕のいた世界のオタクたちを批判的に見ないであげてほしい。僕らが自分の好きなことで話が早くなるのは事実だが、それは陽気な人も同様である。ただ陽気な人は普段から話すのが早く、違いに気が付きにくい、そしてオタクたちは普段黙っているからいざ話すと早口に驚かれてしまう、それだけのことだ。
しかしこの世界だ。人見知りには生きていくのは厳しい。全員がアキラ君のようにナイスガイではないのだ。世の中には騙す、脅す、蔑む人が大勢いる。自分が標的にされたとき、きちんと対応できないとひたすらカモにされて何も残らなくなるまで体と精神を削り取られるだろう。
僕ら二人は歩いていくうちに中を深めた。彼の話を聞けば聞くほどこの世界の情報が入ってくる。何も知らない僕からしたら彼はゲームの攻略本だ。当然知らないこと、解からないこともあるが、それはまた今度の自分の対応すべき問題だ。アキラは僕のことについても聞いてくれた。文化の話、ゲームに漫画、そして学校や会社にも興味を持ってくれた。彼の父親も僕と同じ世界からの移住者ならば聞いているはずだが、どうやら勇者は究極の女たらしで息子とはあまり時間を過ごさないらしい。だが魔王をたおした勇者であり、国王に気に入られている以上、誰も彼を止めることはできない。アキラの母親も、彼を産んでから十数年がたち、勇者に捨てられたも同然だった。そんな性格の勇者でありながらもよく息子が一人で済んだものだ。一ダースほどいてもおかしくないだろうに。そんな父親を、アキラ君は当然ものすごく嫌っていた。
「だから抜け出したのさ。あんなくそったれな親父を置いてね」
彼の口調が急変し、僕は驚かされた。彼は拳を強く握って歯を食いしばっていたが、深呼吸を数回した後、力を抜いていった。
「でも君を助けられるのは父さんしかいないと思う。元の世界に変える方法を知っていてただ帰りたくないだけかもしれないし、ほかに思い当たる人なんていないよ」
「分かった、ありがとう」
「まずはギルドだったね?」
そう言われ、僕は小さく頷いた。
アキラの口から告げられた勇者の像はとても英雄のようなものではなかった。魔王が倒された今でも、魔物の数は減少せず、元魔王領周辺の村に被害をもたらしている。魔物の被害を抑えるために勇者は活躍すべきなのだが、アキラの父親は王都のある屋敷に籠っている模様。あの森もそうだ。本来、あの暗闇は魔物で埋め尽くされているはずなのだ。そのため、ほかの小動物や鳥のさえずりでさえ聞こえるはずがないのだ。
僕は森での出来事を何も隠さずアキラにさらけ出した。まず、僕が出会ったあの角の生えたウサギはホーンラビットと言うそうだ。魔物と動物の中間のような存在で、刺激しなければ害はないらしい。アキラは僕がホーンラビット以外に何とも遭遇しなかったことに対して目を大きくしていた。
「あの森は危険だというから帝国の兵士まで来て国境を守っているのに……」
彼は驚きながらも少し残念そうにしていた。勇者の息子だけあって戦うのが好きなのだろうか。親よりもいい勇者になれそうだな、と僕は少し先を歩く彼を見つめていた。
日が暮れるにつれて僕ら二人は足を速めた。最初は話しながら足を運ばせ、歩いているのか走っているのか分からないような状態で動いていた。早歩きともとらえられたが、駆け足とも言えた。そんな脚を今はひたすら動かし、暗くなってしまう前に街の門へたどり着くため、集中して走った。
「はぁはぁ……この辺りは森の近くだから……盗賊団などの輩も怖がって……近寄ってこないから結構安全だけど……」
彼は振り返らずに息を切らしながら話すので風に飛ばされる彼の声は聴き取りづらかった。
「安全だけど?……っ!」
僕も彼に言葉を返すために命いっぱい前方へ向かって叫んだ。
「野宿になってしまったら……二人分の用具はない!」
僕らは全力で走った。別に命がかかっているわけ手はないし、事実僕は腕に二度も森の中で寝ている。だがやはりふかふかのベッドは毎晩ほしいものだ。
次回、第五話 夜の街を歩く
12/19 金曜日 16:00公開!




