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一、塔を見る

 僕は異世界に飛ばされた。そうは言っても、この時の僕は頭の隅にもそんな考えはなかった。まさか自分が突然見知らぬ場所に飛ばされるなんて思わない。この状況を待ち構えている人なんてなかなかいないだろう。当然、僕は混乱していた。ここが異世界かもしれないなんて思ってもいなかっただろう。

 

 目を覚ますと、やわらかい土の上であおむけに寝ていた。木漏れ日が顔面に当たり、眩しかった。体の両側に伸びる腕を包み込む草原が少し濡れている。風が木々の間を通り抜け、サラサラと音を立てながら葉を揺らしている。目を開いてから少しの間、木々の葉を眺めていた。起き上がり、辺りを見回す。四方八方を森に囲まれ、見渡す先は太い幹に遮られる。ふらっと立ち上がり、背中の土を払い落とすと服を整えて、見えていた腹を灰色の半袖シャツで隠す。ここがどこなのかも分からないが、いたって普通な僕は誰もがやりそうなことをしようとした。そう、この森をどうにかして抜けようとする。

 しばらくぼーっとしてから僕はランダムに方角を決め、一直線に歩き出した。多少木の枝や幹に行く手を阻まれても、少し回ってはできるだけ元向かっていた方向に歩き続けた。元々の暮らしが都会での人間にとってこの森の冒険はかなり高難易度の物であった。歩き始めて三十分もしないうちに息が切れだし、方向感覚も狂った。踏ん張っても、歩き続けてから何時間たったかもわからない今、森の中を彷徨しているようなものだった。どうしたものか。何もわからないまま、足をひたすら動かし、草を手でかき分けた。爪の間には緑の滓が詰まり、手のひらは甲とともに切り傷だらけになっていた。足首付近からも一定のヒリっとした感覚があり、靴下も酷く破けていた。歩く気力も失せて行った。

 そしてついに力尽きて木の幹に寄りかかり、座り込んでしまった。気づくと僕はポケットに手を入れていた。つい癖で地図を調べるために携帯を取り出そうとしたのだが、この世界には着いてこなかったのだ。いつ森を抜けられるのかわからない。同じところを何度も回っている可能性だってある。座り込んだ僕は腰骨に突き刺さる石ころを手に取ると、目の前の木に向かって思い切り投げた。投擲された小石は空を切ると、木の幹に当たり、樹皮に跡をつけた。僕はその傷跡をじっと眺めた。吸い込まれていくように見ていた僕は、突然ひらめいた。木に登ればよい。その時の思考がどうなっていたのかは全く不明だが、木に登れば森が見渡せるということに気が付いた。これぞ誰もが思ったことだろう。百人が森で迷い、手ぶらで脱出を試みるならば、少なくとも四十人は一直線に歩く。少なくとも四十人は木に登ったり、高いところから状況を把握したりするだろう。大仰かもしれないが、その小石が僕を助けた。あの小石がなければ、僕はこの場で朽ち果てていただろう。

 夜になる前には森の端に到着したい。そう思い、少し体力が回復すると僕は登れそうな木を探していった。行けそうな木を見つけてはよじ登ろうとする。その作業を何回も繰り返した。何十本目か、やっと上ることのできる木を見つけた。枝の間隔と高さがちょうどいいところにあり、木自体もそこそこ大きくて上からは森の大部分を見渡せそうだ。腕に全力を絞り込み、自分を引き上げた。木を登れるようになった猿のようにゆっくりと上がっていく。掴む枝はギシギシとなり、葉が千切れてパラパラと舞い落ちる。足を上って来た枝に置いたり、幹に引っ掛けたりした。

 ようやく登りきると、見ている方向と水平に広大な緑色の木々のてっぺんが広がっていた。木の上から森を俯瞰すると、冷たい風が身体の正面から当たり、少し鳥肌がたった。目を細めて森の終わりを探そうと見渡すと、果てしなく続く木々がやっと途切れるところを見つけた。そしてそこには灰色の建物がひとつ聳え立っていた。真っ直ぐに建った細い塔のような建造物。明らかな人手の痕跡だ。人里があるとすればあの方向だろう。ならばまず向かうはあの塔。方角を何度もよく確認し、木から降りる途中も頭を同じ方向にした。

 地面に降り立つと、僕は塔の方向に向かって進んだ。ときどき登れそうな木を見つけ、よじ上がって方角を確認する。少し歩いては木に登る、少し歩いては木に登る。この繰り返しだ。木を登ることで手は豆だらけな上に、歩いていた足も一歩一歩に疼いた。ひと休憩と、大きな岩に背中を預けたその時、初めての動物に出くわした。俺の前を一匹の兎が跳ねて行った。今まで木には様々な昆虫が張り付いていたが、動物を見るのはこれが初めてだった。小鳥も微かに鳴き声を聞けても、姿までは見えなかった。森と言えば自然豊かで鹿や栗鼠などが走り回っているイメージだが、何もいない。それより、さっきの兎の頭、何か変じゃなかったかな?一瞬しか見てないとはいえ、角が生えていたような……が、僕は幻覚と判断した。普段家から出もしない人が急に何時間も歩いたり木登りしたりしているんだ。当然、僕は身体、精神ともにヘトヘトなのだ。それでも歩く。

 木に登って塔を見るたび、だんだんと近くなっているのが分かる。あと半分もないだろうか。塔がよりはっきりと見え、大きさも倍以上だ。これをモチベーションに、僕は歩いた。塔にさえつけば倒れたっていい。そう思って踏ん張った。近くなるにつれてペースが速まった。しばらくすると、森の奥が少し明るいことに気が付いた。日の光を通さず暗かった幹が輝きだしている。僕はさらに早く歩いた。走っていたかもしれない。膝まであった草もだんだんと低くなって、ついには足首の高さまで短くなった。木々も小さいものが増えていき、森の端が近いということは感覚で分かった。鳥の声は聞こえなくなり、ただ草を踏む自分の足音だけ。

 目に日の光が突き刺さる。僕は手で日差しを遮り、塔を探した。最初に気づいたのは木の上からは見えなかった巨大な壁。塔の両側から森と平行に高さ三メートルほどの木造の塀が建ててあった。森と塔の間には百メートル弱の幅があり塔の窓から何やら人影が見える。僕は塔まで近づき、大きな木製の扉をコンコンと手の甲で叩いた。すると扉は少し開き、中からは鉄の鎧を着た兵士が現れた。兵士?僕は欧州のどこかにいるのだろうか?男は僕より少し背が高く、体格もだいぶ大きい。もっとも、重い装備のせいかもしれないが。兵士の男は森の方に目を泳がせ、何かを確認すると僕に視線を向けた。兵士はドア縁に手を掛けると僕に話しかけた。

「お前、森から来たのか?」

 たったそれだけの言葉に妙な重みがあった。ずっと誰とも話してないせいか、新鮮な感覚と緊張感が背中を走った。兵士の声は低く、彼は僕から目を逸さなかった。

 僕がコクリと頭を縦に動かすと、彼は目を大きく開き、驚いた様子で再度問いた。

「本当にあの森から来たのか?」

 彼の微妙な口調に戸惑った僕はゆっくりと頷いた。彼は顔を顰めていたが、僕の困惑した表情を見るなり何かに納得したようだった。

「で、その顔を見るに、お前さんここがどこか全く分かってないな」

 男はまたもや僕に聞き、僕もまた三度目頷いた。

「ここはアルフェス王国の国境だ。この壁の反対側が王国だ」彼はそう言うと、親指を立てて後ろを指した。「それで、お前が抜けて来た森はヴァロネの森なのだが、あの森はめったに人が通らない。邪悪な魔物でうようよいしているからな」

 アルフェス?聞いたことのない国だ。それより今、魔物って言わなかったか?

「いえ、何もいませんでしたよ。兎の一匹以外は」

 僕はここまで経緯を軽く話した。大雑把だが、「塔を見つけたからここへ来た」程度のものだ。

「ウサギ?なんだいそれは。それより魔物一匹いないとはどういうことだろうなあ」

 兵士はそう言うと腕を胸の前で組んだ。

 ウサギを知らない?あのかわいらしい小動物を?それにさっきから魔物ってなんだろうか?先ほどから気付いていたが、僕ら二人の話が全くかみ合っていない。言語が違うとかそういう問題ではない。そもそもなんで話が通じているんだ?僕は日本語を喋っているつもりだが……それに相手は日本語を喋っていない。感覚的に分かることで説明しづらいが、相手が自分の知らない言語を使っているのに、僕の頭の中で自動的に翻訳されているみたいだ。このあたりから僕は気づいた。ここは日本でも何でもない。地球ですらない。

 なぜならここは、異世界だからだ。

次回、第二話 果てしない草原

12/8 月曜日 16:00公開!

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