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十六、魔砲を放て

 壁に押し当てられ、出口へはゴブリンに行手を阻まれている。舞い上がったゴブリンに向かって僕は剣を向け、奴を刺そうとした。

 落下地点を読めずに突き出した僕の剣はかすり傷もつけず、ゴブリンは着地してすぐに僕を睨み、腕の下にできた無防備な体部目掛けて引っ掻いた。

「……!」

 鋭い爪が僕の横腹を裂き、大きな切り跡が3本並んでいた。血が染み出すにつれて服が下から赤く染まっていく。

「くっ……うぅ……」

 痛みのあまり僕は呻く。

 ゴブリンは攻撃を直撃させた後、後ろに少し下がってから次の手を見極める。

 僕は剣を低く持ち、ゴブリンが近づかないように左右交互に振った。これにゴブリンは牙を見せ、威嚇を繰り返した。

「ヨウ!」

 フィーミェンが隣で悲鳴をあげる。

「大丈夫……っ」

 僕は膝をガクガクさせながらもゴブリンの次の攻撃を防ごうとした。奴は反復横跳びのように跳ね、僕はそれを剣で追う。そしてフィーミェンはせっかくの杖を犠牲にしようと前に突き出して身を守っている。

 ゴブリンは剥がれかけた床を蹴って一気に間合いを詰めた。僕は剣先で奴の腹を狙ったが、突き出した頃にはもうかわされていた。僕は空気を斬り、奴は僕の足を切った。脛に腹と同じような傷跡が広がり、ジンジンと痛む。

 体型を崩した僕にゴブリンがまた襲いかかる。今度は顔面目掛けて。

 剣を落とし、目を潰されそうな僕の前に杖が現れて、ゴブリンの顎を思いっきり叩き上げた。奴はフィーミェンに打たれるとギャッと鳴き、後ろへ下がった。

 僕は片膝を地面につけたままフィーミェンを見上げる。彼女の顔も汗だらけで、息が荒かった。

「フィーミェン……」

 礼を言おうとしたその時、ゴブリンがまた襲いかかる。口を開け、噛みつくつもりの奴をフィーミェンが上から杖で刺す。奴の額から紫の液が滴れる。

「ギェェーッ!」

 日が暮れているのか、ドアから入る光は徐々に減り、ゴブリンの黄色い目が際立てられる。 滴る魔物の血も微々たる光にはっきりと照らされる。

 僕の血もまた光る。公園で走っていたら転んでしまった、紙で手を切ってしまったなどは誰でもが経験する痛みだが、こんな激痛は初めてだ。現代の二十一歳の社会人が耐えるには荷が重い。痛みで叫びたい。手が傷口を覆いかぶさるが、触れないように空洞を作る。痛い箇所を抑えたいが、そうすると余計に痛い。ペインキラーもないし、僕が自分の力で耐え抜かなければならない。異世界でゲーム感覚になってきているが、痛みは痛み、死は死だ。

 2回もフィーミェンに杖で叩かれてからゴブリンも学んだようで、趣向を変えて遠くからの攻撃を試みた。ゴブリンが背を向け、山積みの木の箱に向かう。これを機に僕らは脱出しようと見た。歯を食いしばり、手で自分を押し上げ、四つん這いの僕は立ち上がる。すると同時にゴブリンは振り向き、先に出たフィーミェンの足元めがけて木箱を投げた。彼女が避けると奴はもうひと箱投げ、僕らの足を止めた。

 ゴブリンは3つ目の箱を僕に向かって投手し、同じものをフィーミェンにも当てた。僕は右腕に痣を作りながらも受け止めたが、フィーミェンは顔面に食らってしまい、盾代わりにしていた杖では防げなかった。彼女のまっさらだった顔がところどころかすり傷でけがされている。

 僕は目の前に落ちた木箱を取ると、残っている力で勢いよくゴブリンに向かって投げて迎撃する。箱は見事にゴブリンの小さな体に当たり、ゴブリンは数歩下がったが、諦める気配はない。

 何度か木箱が行き来し、当たったら先生にビンタでもされる感じのドッチボールのようだ。

 木箱を投げられ、防ぎ、投げ返す。

「やった!」

 僕が二度目に木箱を命中させるとフィーミェンが舞い上がった。しかし、この時ゴブリンはすでに次の動きを予測し、武器の代わりとなる床のボードを剥がした。木の破片は鋭く、剣ほどではないが十分な殺傷能力はありそうだ。

 ゴブリンがナイフのように木の破片を構えると、僕も足元の剣を拾った。互いに睨み合い、タイミングを見計らう。奴は時々叫び、毎度それにフィーミェンが声を上げる。

「ギエーッ!」

 より大きく叫ぶと同時にゴブリンはこちらに猛突進し、間にあった数メートルの距離を一瞬にして消した。

 僕は奴に向かって剣を振る準備をしたが、奴のターゲットが僕ではないことに気が付いた。フィーミェン目掛けて突進する。正面からならより長さのある僕の剣で防げるが、横から防ごうとしてフィーミェンを刺す可能性がある。フィーミェンは突然の的変更に驚いていて杖のガードを下げている。このままでは腹を思いっきり斬られる。

 僕は何も考えずに剣を手に持ったまま横方向へ跳んだ。体が大きな盾となり、フィーミェンをゴブリンの攻撃から防いだ。

「ヨウー!」

 高く割れた声でフィーミェンが叫ぶ。

 床に倒れた僕は彼女の顔を見る目から涙が零れる。

 僕はすぐに立ち上がろうとしたが体が思うように動かなかった。腰辺りが暖かい。そう思ってみると、寝そべった僕の両側に血の水溜まりができ始めていた。ちょうど足の付け根に木の刃が刺さって立っている。

「うがっ……」

 食いしばって手を木の板に当て、僕は抜くと同時に僕は呻いた。

「くっそ……」

「ヨウ!立たないでお願い!これ以上出血したら……」

 フィーミェンが泣き声で言う。

 しかし僕が立たなければゴブリンを止めるのは誰だ?

 フィーミェンから顔を背け、ゴブリンと目を合わせる。奴は木の板を失ったが、僕らの後始末には爪で十分だろうと判断したのか、両腕を大きく開いた。

 ゴブリンが攻撃をしようとし、僕はそれに備えて目を細めた。その時突然ゴブリンが白い円に囲まれ、部屋が急に明るくなる。僕には何が起きているのか分からなかった。

 奴が僕以上に混乱していると、急に体が浮かび上がった。宙に浮いたゴブリンは動けず、その場で藻掻いていた。奴が空中でぐるぐると回ると、白い円が強く光り出した。そして光の壁が円から上に伸びる。壁から粉のようなものが舞い上がり、あたりに散った。何万もの蛍のような光が飛び交う。白い円は輝きと連動するように内側に太さを増しながらゴブリンを下から照らしあげる。

 ゴブリンの最後の表情は恐怖そのものだった。奴の身体が震え、目は大きく開いていた。しかしもう助からない。

 光の円が出現してから0.5秒も経たないうちに天井を真っ白な光の柱が突き抜ける。エネルギーそのものと言っていいそれは目くらませのように強く輝いた。

 僕はあまりの眩しさに目を瞑り、衝撃波と音だけを感じ取った。鼓膜の破れるような音に苦しめられる。

 

 ドォォォォーン

 

 音のすぐ後に生暖かい風が僕に当たり、ゴブリンの喚き声も聞こえなくなった。ゆっくりと目を開けると、床が円形に黒く焦げていて、ゴブリンは跡形も無く消えている。柱の降ってきた天井を見上げると、そこには2階の天井まで大きな穴が空いていて、雲が見えた。

「ヨウ!」

 フィーミェンが僕の後ろで膝まづく。

「もうゴブリンはいないよ」

 僕は彼女を見ずに呟いた。

「うん……」

 大量出血をしながらも僕はなんとか意識を保っている。フィーミェンをひとりにしたくない。そう思って踏ん張る。

 しかし幸いなことに、音を聞いたのか光の柱が外まで聞こえたのか、多くの人の声が外で聞こえる。

「おいおい、大丈夫かよ……」

 ブユーグルが地下室に入って来るのが見える。彼は僕に近づき、状態を確認した。

「酷くやられてるなぁ」

 僕を触らないようにして傷を確認するとフィーミェンに向かって事情を聞いた。

「嬢ちゃんここで何があったんだい?」

 フィーミェンも突然の光の柱がどこから来たのかもわからず、説明に混乱していた。

「えっと、掃除をしていたんですけどゴブリンが出て来て……それで……光がパッと……」

「ゴブリンだと?」

 ブユーグルが目を丸くする。

「街中でか?」

「はい。この部屋に隠れていたんです」

 フィーミェンが言うと、ナイトーハス伯爵も地下室に降りて来て僕の脛を見てフォローした。

「そのようです。この爪痕はゴブリンの仕業に間違いありません。しかしどのようにして街に……」

「小僧を死なせてはならねぇな。運ぶぞ」

 そう言うとブユーグルと伯爵は僕を持ち上げ、地下室から運び出した。フィーミェンも共に上がる。

「街の警備を強めよ」

 とナイトーハス伯爵が外で待っていた兵士に伝えると一緒に去っていってしまった。辺りを見回し大衆を確認すると、そこにセリナさんの顔が見えた。

 セリナさんは僕の前に来ると腹の傷口に手を当て、何か小声で唱え始めた。最初の数秒はヒリヒリしたが、徐々に傷口の痛みが治っていく。彼女は僕の腰と脛の傷も処理すると立ち上がった。僕の傷は完全に無くなり、痛みも消え去っていた。ただ疲労は治らなかったようで立ち上がりたくない。

「あら、フィーミェンさんも」

 彼女がフィーミェンの顔を見て言うと、フィーミェンは遠慮した。

「私は大丈夫です!」

 「そう?」

 セリナさんは心配そうに言ったが、無理に押さなかった。

「あらまあ、そうだったのですね」

 セリナさんにも地下室での出来事を伝えると、声での反応は驚いていたが、表情はこれを予想していたかのような感じだった。

「その光の柱は誰の魔法なのでしょうね。うふふ」

 セリナさんは僕らにウィンクすると僕と肩を組み、大衆の間を通ってその場から出た。

「ギルドに戻りましょう」

 とセリナさんが言い、僕は彼女に掴まりながらも立ち上がろうとしたが、バランスを崩し、通行人に当たってしまった。

「あっ、すみません……」

 僕は地面に転んだまま当たってしまった人の顔を見上げた。そこにはスーツを着た白髪の男性が立っていた。年を重ねているように見えるのに、背筋はまっすぐ伸びていてビシッと立っている。彼は手を伸ばし、僕はそれを取って立ち上がる。

「いいえ」

 彼はそう言い去った。

 セリナさんは僕と再び肩を組み、ギルドまで運んでくれた。

 ギルドではいつも通り賑わっていたが、僕らに遭ったことが知れ渡ったのか、目を向けられるにつれて静まり返った。セリナさんはそんな彼らの眼差しから守ってくれるようにして僕を寝室に運び、ベッドに寝かせてくれた。フィーミェンと一緒にベッドの端に座る。

「ゴブリンが確かにいたのですよね?」

 その質問に対し、フィーミェンと一緒にはいと答えた。

「困ったわねぇ、そうなるとヨウくんが25回の依頼を達成する前に魔物討伐依頼をしてしまったことになってしまいます」

「そ、そんな!僕らは掃除の依頼を達成しようと……」

 僕はルールの理不尽さに激怒した。

「そうです!ゴブリンがいるなんて」

 フィーミェンも僕に次ぐ。

「そう言われましても、私のギルドも世界ギルド連盟に加盟しているので……」

「そんなぁ」

「でも、光の柱がどこから来たという証拠はないし、ゴブリンは跡形もなく消えてしまいました。事実を知るのは私とナイトーハス伯爵、ブユーグルさんとあなたたちだけです」

 セリナさんはにこっと笑った。

「いっそあの事件はなかったことにしてしまいましょう」

「ほんとうですか?ありがとうございます!」

 口を揃えて僕とフィーミェンは礼を言う。

次回、第十七話 内緒内心の決断

1/23 月曜日 17:00頃公開!

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