十二、偽りと夢
フィーミェンさんに合図を送ると、僕らは一度立ち上がって部屋のドアの前で作戦会議をした。
「どうします?」
少女に背を向け、僕は聞いた。
「で、では洞窟で……アースドラゴンに遭遇して私が援護しながらヨウさんがトドメを刺したと言うことで」
「じゃあそれに合わせましょう」
少女の方に振り返ると、彼女は不思議そうな顔で僕らを見ていた。少女を挟んで座り、深呼吸をする。
「僕らはギルドの依頼で、とある洞窟を探索しに行きました」
そこにフィーミェンさんが続ける。
「奥に進めば進むほど、周りは暗くなっていき、足元を見るのが難しくなりました」
少女に混乱を招かぬよう、難しい単語は避けて続けた。
「色んな魔物に会いましたが、それらは何かから逃げているようでした」
「すると、いきなり奥から大きな鳴き声が聞こえてきました」
「そこには大きなアースドラゴンがいました。そして後ろには金色の宝箱がありました」
ここまで来ると少女はようやく釣られたようで、目を光らせて聞いていた。フィーミェンさんと目を合わせる。これならいける。そう思って作り話を続けた。
「アースドラゴンは僕らに気づくと、こちらを睨みつけました。洞窟全体が揺れて、砂がぱらぱらと落ちてきたんです」
少女は息をのんだ。小さな手が膝の上のシーツをつかむ。「私の風魔法は、アースドラゴンの鱗にはかすり傷程度にしかできませんでした」
フィーミェンさんが首を振りながら、いかにも苦戦したような声色で語った。
「僕は地面につけているお腹が弱点だと思って、近づこうとしました。アースドラゴンは大きく口を開けて、僕を岩を溶かすような熱い息をで溶かそうとしました」
アースドラゴンが炎を吐くのかわからないが、ここで止まって考えては不自然だと思い、とりあえず吐くことにした。フィーミェンさんに少女も疑うような仕草は見えなかったので、本当に吐くんだと知り、冷や汗を流した。
「私は彼にしゃがむように言うと、後ろから水魔法でドラゴンブレスを止めました」
少女の視線が僕らを行き来し、目をさらに丸くする。
「すごい……」
その一言が聞こえた瞬間、僕とフィーミェンさんは心の中で小さく頷き合った。もっと食いついてきている。
「僕がドラゴンをお腹から倒すために彼女はとても眩しい光魔法を使い、ドラゴンが見えないようにしました」
「ひ、光魔法?!」
少女が驚いてフィーミェンさんの方を見た。彼女もなぜ光魔法というような目で僕を見ていた。光魔法とはよほど凄いんだろうか。間違えてフィーミェンさんを一世紀に1人の大魔法使いに仕立て上げてしまったかもしれない。
「そ、そうなの。私は精霊魔法が少し使えて、光魔法はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ使えるの」
察するに、精霊魔法が使えないと光魔法は使えない。そして精霊魔法というのは通常の魔法とは違い、習得がとても難しいんだろう。これでこの少女が言いふらしたらフィーミェンさんは大変なことになるかもしれない。
「あ、えっと……強ーい魔法使いは自分の凄さを見せびらかさないんだよ。だからお姉さんが精霊魔法を使えるのは僕らだけの秘密にしようね?」
少女の口封じに言ってみたが、彼女はすぐに首を縦に振った。
「大丈夫。お父さんにも言わないよ」
そう聞いて僕はホッとしたが、フィーミェンさんの方がよっぽど安心していたようだ。最後に少し睨まれたのでこの依頼の後に叱られるかもしれない。
「僕はアースドラゴンの首に飛びつきました。そこだけは鱗が薄くて、力いっぱいに剣を突き刺しました」
少女は息を呑んだ。
「アースドラゴンは暴れて、彼をを振り落とそうとしました。でも必死にしがみついて離れなかったんです」
「最後は、彼女の放った風魔法がちょうど僕の作った傷に当たり、アースドラゴンは倒れました」
静かな余韻を残すように言い終えると、少女はしばらく瞬きを忘れたようにぼんやりしていた。
「ア、アースドラゴンを倒した……宝箱には何が入ってたの?」
存在しない宝箱の中身。
「宝箱の中には紫色に光る大きな宝石でした」
「そう。とても重たくて、持って帰るのが大変でした」
一見落着と思い、僕らは話をまとめた。
「宝石見たい!」
少女に聞かれ、僕らはギクッとした。
「えっとー、あー!あの宝石売っちゃったんだよねー」
僕は慌てて返した。
「う、うん!売っちゃったからもう無いの!でも本当に大きかったんだよ」
フィーミェンさんがフォローアップする。
「見たかったなぁ……」
少女が残念そうに下を向く。
「でも、面白い話だった!」
嬉しそうにはしゃぐ。
嘘なのに。
でも、今のこの子の表情を見れば、依頼は最高だと思う。
「眠くなってきちゃった……」
そう言ってから二、三分で枕の上で爆睡していた。
そっと上から毛布をかけた。その子の寝顔を見て、僕とフィーミェンさんはため息をついた。
ちょうどそこに彼女の父親が入ってきた。
「寝たかね?お疲れさん」
僕らは部屋から出ると、彼はそっと扉を閉めた。
五、六歳ほどの子なのに、あんなに凄い冒険譚を聞かないと寝れないだなんて、恐ろしい娘さんですね。
「可愛い娘さんですねー」
と僕は言った。
「そうでしょう、そうでしょう。私の一番の宝物はあの子ですよ」
僕らは彼に連れられ、豪華な食事の並んだテーブルに座った。
「遠慮せずに食べてくださいな」
僕の偏見であることは間違いなしだが、体型の大きい金持ちは性格のあまりよろしく無い人ばかりだと思っていた。だがお金よりも愛、娘思いの良い父親だと思った。
料理はとんでもなく美味しくひとつ食べ終わればメイドがさらに持ってくる。金持ちは毎日こんなものを食べているのかと思うと羨ましい。勿論セリナさんのギルドで出されるものもとても上手いが、この高級感は皿、器具、テーブル、部屋が集まって得られるものだ。アットホームなギルドの味とは違った良さがある。
デザートまでもらい、僕らは腹がはち切れそうになるまで食べた。貴族とかと仲良くなっておくのも良いことかもしれない。その上、ギルドの程の大きさのお風呂も貸してもらった。1人用にしては大きすぎるな。娘がプールとして使ってしまう。日本では温泉、風呂で泳ぐのはマナー違反という概念が異世界にもついてくる。あまり当たり前だからと言って考えずに行動するのは良くなさそうだ。
「部屋はこちらのふた部屋を」
客室に案内された後は放って置かれた。男がいなくなり、付き添いのメイドも解散するとフィーミェンさんに睨まれた。
「光魔法ってなんですか?!」
「えっと……」
僕は言葉に詰まる。
「精霊魔法なんて使ってる魔法使い、会ったことあります?私はありません!」
廊下で彼女が怒鳴るので誰にも聞かれぬよう片方の客室に入った。
「光魔法のことはごめんなさい。ユリーナちゃん?に満足してもらうにはと思って、すぐに繋げないと不自然かなぁって思ったらそれが出てきてしまって……」
やはり僕はこの世界で仲間を探すなんていう前に、新しい常識を頭に叩き込んだ方がいいかもしれない。フィーミェンさんには迷惑をかけるかもしれないが、彼女から学ばせてもらうことにしよう。
「もしかして……あまり魔法知らないんですか?」
彼女に突きつけられ、僕はボロを出さないように納得してもらえる理由を考えた。確か魔王領はこの国から北西に広がるはずだ。
「実は、僕も両親を幼くして亡くしてしまって……魔王、魔物や魔法のことは南の国でなんとか生きてきたのであまり知らないのです」
確かに僕は両親を亡くしているので、完全な嘘では無い。彼女の方が随分と早く亡くしている上、魔王軍に目の前で殺された。そのため、彼女が僕の両親を悼んだことに胸が痛くなった。
「ご、ごめんなさい……ヨウさんの事情も知らずに」
ドアの前で話していた自分たちを僕はベッドに彼女を、そして部屋にある小さな椅子に僕は座った。
「あの、なのでこの未熟な僕に精霊魔法を教えていただけませんか?」
チャンスだと思い、彼女に聞いてみると魔法使いはすぐに歴史と共に語り出した。
「魔法には主に二種類あります。一般魔法と精霊魔法です。一般魔法は魔族によって編み出され、後に我々人間が一般化した魔法なのですが、精霊魔法の歴史はもっと遡ります」
「ほう」
「精霊魔法が最初に使われるようになったのは大精霊時代、三大精霊が天から降りてきた時とされています。精霊魔法は精霊の力を借りているものなので、精霊と契約した者かその子孫しか使えません」
「なるほど」
「精霊魔法使いと言われるような人達は大昔から王家に支えている人ばかり。だからそんな大物がここにいるとなると大騒ぎになるんですよ」
「確かに」
「光魔法は精霊魔法の一種というか一部というか……まだあんまり研究されてないんですけどね。こう見えて私古代魔法とか好きなんですよ」
「ほほう」
彼女は少し赤面していた。
「そ、そんなにジロジロ見ないでください!」
そしてシーツを掴み上げて体を隠した。
「い、いや熱心に語るもんで、つい聞き込んでしまった。でも助かりました」
「は、はぁ……」
「えっと……」
「あの、じゃあもう寝ますね」
そういうと彼女はベッドシーツを直さずに部屋から出て行ってしまった。
――
その夜、僕は夢を見た。
豪華な部屋に大きなソファ。部屋の中は暖炉の炎のみで照らされ、影と灯りの境界線が曖昧だ。どこかで見たことのあるような景色だ。部屋の中央にはドレスを着た白い肌の少女、その向かい合わせにスーツを着た男性が立っている。
「奴は未だ街から出てきておらぬのか?」
少女が口を開けると、鋭い吸血鬼のような歯が見える。
「いいえ。当分は滞在する予定のようです」
男性は頭を下げながら少女の質問に答えた。
少女は少し考え込むと、ニヤけた。
「まぁ良い。奴には強くあってもらわねばならんしのう」
「はい、その件ですが、ダイダナの娘とご一緒のようです」
男性の報告に少女は目を丸くした。
「それは真か?」
「間違いありません」
「それはそれは……」
彼女は爪でワイングラスをコンコンと叩くとスーツの男が慌てながらも赤いワインを注いだ。
「そう……あの娘と一緒か。ちょいと見せてもらおうか」
ワインを一口飲み、暖炉から火の粉がバチッと舞う。
急に静かになったと思うと炎が消え、少女の真っ赤な目だけが暗闇に残り、徐々に消えて行った……
…………
……
次回、第十三話 深林を彷徨う
1/16 金曜日 17:15公開!




