7 放課後
放課後、イズルは校舎裏の草原に身を横たえていた。結局午後からはずっと寝てしまった。
天気がいい日の昼寝は格別だ。柔らかいベッドのような感覚に身をまかせ、青空を漂う雲を眺めた。すべて飲み込んでしまいそうな真っ青な空だ。
昨夜の夢はどんな空だった?
びゅう、と風が吹いたとき、誰かの声が耳元に届いたような気がした。何だろう、と体を起こした。イズルにはそれは哀願のように感じられた。
草の香りを感じて大きく息を吸い込む。花の香を感じても、そこに錆びついた臭いはなかった。ぼんやりとした違和感は霧散して消えた。
再び、暖かい太陽の光に委ねる。鳥たちが楽しそうにさえずっていた。その声に混じっていたのは、校舎側からの剣や魔法の訓練音だ。
その音がイズルに午前中の戦闘を想起させた。
効率悪いよな。魔法中心の相手と戦うには、いかに距離を詰めるかが重要だ。そんなこと相手は百も承知だ。いかに魔力の総量を増やし、呪文を短時間で発動させるかだ。
連発された魔法をいなすには体裁きだけでは非効率だ。自分も魔法を使うのが手っ取り早いことは分かっている。
「魔法を使ってもいい、か」
授業中に言い放ったレヴィアの言葉。すべてお見通しだ、とでも言わんばかりの視線に反発したところで、解決しないのは分かっている。
理解してはいるが、魔法を使えないのだから仕方がない。
これは、自分で招いたことだ。後悔は、ない。
草を踏みしめる音がした。イズルの思考が遮られる。
「こら」
声が降ってきた。暴れる金色の髪を撫でつけてイズルを見下ろす。担任のエリナだ。呪文詠唱の担当教諭でもある。
学院ではレヴィアに次ぐ魔法の使い手だ。新任一年目の彼女は、先輩の推薦で入学したイズルを気にかけ、何かと声をかけてくる。
単に問題児扱いしているだけかもしれないが。
「エリナちゃんか」
年上であるのに、彼女には同級生のような親しみやすさがある。生徒と接する際に、教師という立場からではなく、同じ目線で考えようとしているのが見て取れる。
「ちゃん言うな」
女生徒の赤いラインのローブに対して、教師の黒ローブには赤とゴールドの刺繍や装飾が施されている。長いマントは魔力の増幅効果がある。深い赤の裏地が優雅な印象を与える。
ローブの丈は膝より少し下くらいで、ちょうど横たわるイズルの視線とも合致する。風が強く吹くとローブの裾がはためいた。
ごす。踏まれた。
「見るな」
「痛い」
鼻をさすっていると、エリナはローブを押さえて膝を折る。
「午後の呪文詠唱サボったわね」
そう言ってイズルの頭を小突く。
「授業出たくないの?」
「オレ魔法使えないしな」
使えないとなおさら興味が湧かない。教科書で呪文を見るだけで寝てしまう。
「またそんなこと言ってる。そんなの分からないでしょ。」
一年時における呪文詠唱は全生徒必修だ。最低限必要な魔法を学んで、進級時には選択コースに組み込まれる。
「レヴィア先生にはもうバレてるからね」
「マジか」
実戦訓練中の視線が脳裏をよぎった。
「後で研究室に来なさいって」
小言でも言われるのだろうかとイズルは嘆息した。