57 大好き。
扉を閉める。
レヴィアが腕組みをして立っていた。
「怒ってる?」
質問には答えず、レヴィアは手招きをする。
イズルの頬を摘み、力任せに左右に引っ張る。
「いだだだだ」
「君は私の言うことを何も聞いてないな」
「聞いてる聞いてる。ちゃんと聞いてるって」
「なら、復唱してみろ」
「はだじで」
言うから放してといったつもりだ。意味は通じたらしく、レヴィアは力を抜いた。頬を摘まんだままだ。
「イズルはいつもかっこいいな。……だっけ?」
ぎううううう。頬に、ねじ切れそうな力がこめられた。
「あだだだだ」
「少しは、自分のことも、考えろ、と言った」
言葉を区切る度に力を強めるにはやめてくれ。
「君はいつも無茶をしすぎる」
レヴィアは指を離して呪文を紡ぐ。この言葉は、と記憶を掘り起こす。レヴィアの研究室で聞いた。
魂の器を可視化する魔法だ。才能を示す器に、水がどれだけ注がれているかによって、現時点にいる自分の水準を測ることができる。イズルの水は虹色だと判定された。
イズルは魔法が使えるようになったことで、満杯になった器を想像した。
「わくわく」
「空っぽだ」
「何で!」
唾を飛ばして叫んだ。
「当たり前だ!」
レヴィアもイズルに負けないほどの勢いだ。
「無茶するからだ。君は積み上げてきたもの全てを術に捧げたんだ。私が供給していなければ、命だってどうなっていたこと……」
……か、レヴィアの足元が崩れた。慌てて腕を伸ばして支える。
「私も魔力が尽きたよ」
「悪かったよ。けど、これがオレなんだよ」
泣いている女性がいると放っておけない。こればかりは永遠に変わることはないのだろう。
レヴィアは目を伏せて、微笑む。
「そうだな。それこそがイズルだ」
レヴィアはイズルを抱き寄せる。イズルは膝を落とした。
「無事で良かった」
腕の中に引き込まれた。レヴィアの囁きはイズルの耳で穏やかに反響した。視界が揺らぎ瞼が落ちる。レヴィアの声が遠ざかる。虫たちの歌がイズルを眠りに誘った。
オレの魔力も空っぽだ。眠気に抗えない。レヴィアの温もりに委ねる。
イズルは眠りに落ちていく。暗闇に沈んだ。
底がない。足を掴まれ、どこまでも引きずり込まれる。
水面があった。滴を受け波紋が広がる。赤い水滴だ。それは、真っ赤な鮮血だった。
光の粒子があった。ありがとう……一言、イズルは彼女の声を聞いた。
意識が、途絶えた。
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視野が霞む。
手を、伸ばす。ファラにも、ローザにも、届かない。
私は、もうすぐ、死ぬ。
でもね、最後に、願ったよ。
あなたたちが、助かるように、祈った。
今、見えた。伝わったよ。
あなたたちの、え、がお……
だから、だいじょうぶ。
生まれてきてくれて、ありがとう……
二人とも、大好き。
……