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53 アルフレッド・ベイル

 広い書棚は本で埋め尽くされていた。魔術に関する本であった。とりわけ目を引いたのは心核血晶や魔法陣に関する実践的な書物だ。


 扉の正面には大型の窓がある。薄手のカーテンが屋外の光を取り込む。部屋全体が千年彗星の虹色で装飾されていた。


 中央の魔法陣にローザがいた。座り込み、虚空を眺め、目の焦点は合っていない。首だけが左右に揺らめいていた。


「残念だったな」


 笑いを堪えるかのようにアルフレッドは唇を微かに震わせた。


 魔法陣の外周部分には、術式の強化を意図して、心核血晶が配置されていた。ガルドに買占めさせたものであろう。


 起動した魔法の効力が加速する。


「術は起動した。これで、魂と心核血晶の融合を解除できなくなったぞ」


 アルフレッドは人差し指で宙に円を結んだ。


「彗星の魔力も取り込んだ。融合は加速する一方だ。まもなく新しい家族の誕生する。さあ、貴様の執着を見せてみろ。そして、ガルドのように私に忠誠を誓え」


 窓が砕けた。アルフレッドのあざけりが消えた。


 イズルは指を掲げるとアルフレッドに向けた。


 顎が跳ね上がる。衝撃波によるものだ。口を切ったアルフレッドは唇を伝う血を拭った。


「何をした?」


「加速するなら、その術を止めればいいだけだ」


 魔法を組み上げた。解除するには複雑な工程が必要だ。加速を止めるだけの魔法ならシンプルだ。


 イズルの魔力がアルフレッドの魔法を抑え込んだ。魔法陣が光を失い闇に飲まれた。部屋を満たす七色だけが残った。


「ほら止まった」


「どういうことだ」


 生じた出来事を否定するかのようにアルフレッドは首を振る。


「私の術は完璧だった。千年彗星の恩恵も受けている」


「ザコだからだろ?」


「私の魔法に手も足も出なかったくせに!」


「あの時はオレに魔力がなかったからな」


 イズルはアルフレッドにかざした手を握りしめた。空間が凝縮しアルフレッドに嚙みついた。


 血が空間を染めた。アルフレッドは反転して、距離を取る。抑えた左肩から血が流れた。


「千年彗星の影響ならオレも受けてるぞ」


 イズルが一歩踏み出す。アルフレッドに注意を払いながらも、ローザにも意識を削ぐ。加速を止めたとはいえ、心核血晶の融合は進行している。


 融合を解除する魔法は存在しない。この場でイメージを構築し、新たな魔法へと昇華させる必要があった。土台となるヒントは先ほどから目まぐるしくイズルの意識内を巡っている。


 意識が二人に分散されている現状では、答えは遠い。


 魔法陣が目につく。千年彗星の開眼は屋敷内に再生をもたらした。枯れた木々に緑をもたらし、萎れた花に色を与えた。ローザの目にも光が戻っていた。


 ならば……

 魔法陣に彗星の再生力を収束させるのはどうだ。収束させるだけならば、シンプルな構造で構築できる。


 短時間で、無詠唱の発動が可能だ。イズルはアルフレッドの魔法陣に光をもたらした。虹色の輝きが魔法陣の中心に座するローザを包んだ。


 魔法陣に進行の抑制を任して、アルフレッドを排除すれば、ローザに意識を集中できる。


「即興で私の魔法陣を利用するなんて、なぜそんなことができる?」


「学院で理論を基礎からやり直したからじゃないか。昔よりいろんな繋がりが見えてきた。お前も一から勉強をやり直せ」


「魔法陣ならここにもあるぞ」


 空間に魔法陣が出現した。不可視の魔法陣からゴブリンウィザードが飛び出し、至近距離からイズルに雷撃を放った。


 爆音が轟き、部屋の壁を破壊した。


 埃と煙から腕で前方を覆い、防御姿勢となったアルフレッドが現れた。服は破れ、腕の皮膚が剝がれていた。

 防御障壁は雷撃の方向をアルフレッドに変換させていた。

 

「さっきのお返しだ」


 斬り裂かれたゴブリンが霧となって消えた。

 剣を振るったイズルは床に切っ先を突き立てる。


「そうか、お前ゴブリンロードの心核血晶を喰ったのか」


 イズルの鼻腔が臭いを嗅ぎ取る。


 アルフレッドの耳が天を突き刺すような鋭角に立ち上がった。口角は裂け、歯がむき出しになる様は典型的なゴブリンの外見だった。


 手足としてゴブリンを操り、屋敷を中心に魔法陣を張り巡らせ、街まで影響力を拡大させた。人の執着心を弄び、ガルドを言いなりにさせ、学院内に手下を潜ませ、ローザを屋敷に誘導した。


 人の姿を捨てたアルフレッドの魔力が影を伸ばす。床を滑り、壁に当たると身を捩じらせて這い上がる。


「ガルドに心核血晶を集めさせ、取り込み、魔人レベルまで魔力を高めたのか。何がお前をそこまでさせた? お前こそ、その執着の源は何だ?」


「私の、邪魔をするな」


 天井に到達すると、影は一面を黒く染め上げた。


「娘から離れろ」


「ローザはお前の娘じゃない」


「私の娘になるんだ! 出来損ないじゃない、完璧な私の娘に」


 天井の闇がざわつき、中心部に集まり、突起状の影を形成する。


 イズルはその変化を捉えていた。アルフレッドは本体を床に残したまま、天井へと魔力を移動させる。


 イズルは待った。


「それがお前を縛り付ける鎖か?」


 問いかける。天井の影を通してアルフレッドが出現した。


「そんなものオレが断ち切ってやるよ」


 光の奔流が天井の闇を飲み込んだ。解き放たれた光は、龍のように唸りを上げ天井を突き破り、千年彗星への架け橋となる。


 天井が崩れて散った埃は、光を彩る輝きとなった。白く塗り替えた光は明滅し、やがて夜の闇に消える。


 イズルの剣はアルフレッド本体の喉を貫いていた。溢れ出る血が床に染み渡り、黒い霧となる。肉体は黒い粒子へと分解され、天に上る。


「鎖、か……」


 呟き、アルフレッドは肩を震わせて声を漏らした。自虐的な笑い声だった。


「一番執着していたのは私だったというわけか」


 アルフレッドの肉体が崩れていく。七色の光に照らされ、舞い上がる粒子の増えるたびに笑い声は大きくなる。


「私は羨ましかっただけだ。ただ家族が欲しかった。ヤツが、ヤツの妻が、息子が、あまりにも幸せそうだった」


 ヤツ。それがガルドのことか。イズルはガルドに何があったのか知らない。自分は自分、ガルドはガルドだ。


 イズルにとってはファラとローザに笑顔を取り戻すことが全てで、ガルドに起きた出来事を詮索するつもりもなかった。ただ、推測することはできる。


 アルフレッドを父上と呼んでいた少年を、ガルドの自分の息子だと言った。


 アルフレッドが妻と呼んでいた女性との関係について、ガルドは自らの責任で清算しようとしていたということ。


 ガルドはきっと納得できる結末を迎えたのだろう。

 カツン。何もなくなった空間に心核血晶だけが残った。

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