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52 共鳴者たち

 目的を見誤るな。

 二人の笑顔を掴み取る。イズルは確認する。それがオレの望み。


 そして……

 夜空に浮かぶ星の、最後の願いでもある。


 屋敷の扉が閉じた。その大きな音は重く、玄関ホールの大理石に響いた。冷たい空気が場を満たし、床の魔法陣が眩い光を曝け出した。


 カツンと大理石を蹴る音がした。

 漆黒の執事服を寸分の狂いもなく着こなした男性が、暗闇の中、光に照らされる。


 額にかからないようにたくし上げた白い前髪は、清潔感を与えた。白いヒゲを蓄え、柔和な印象を与える顔立ちは、客人を出迎えるのにうってつけだ。


 男性は上半身を傾けると、右腕を胸の前でそっと水平にする。


「アルフレッド様のご命令により、私がお相手します」


 かつては純白であったであろう絹手袋は黒ずんでいる。


 執事の背中には二つの影があった。光が淡く照らす。アルフレッドが先導して階段を上った。ローザがふらつく足元を手すりで支えて続く。


 イズルとファラを光が包む。魔法陣によるものだ。アルフレッドは自分に有利な環境を構築するために、屋敷内にも魔法陣を作成している。


 玄関ホールは敵を迎え撃つ重要な防衛ラインだ。魔力を抑え込む効果が発揮されていた。


 肌から幾筋もの光が吸い出され、魔法陣へ飛び込んでいる。


 執事は大理石の魔法陣を通して魔力を吸収する。執事の肩に黒い陽炎が揺らぐ。


「足りるのか? それで」


 イズルの左眼が赤い輝きを湛え、魔力を吐き出した。破裂する音がした。執事の体が魔法陣に倒れ込む。首がなかった。


 続いて奥で大理石の崩れる音がした。魔力が執事を突き抜け、壁に穴を空けたようだった。


 イズルは左眼を覆った。力の制御ができていない。リィーゼを悩ませた魔力増幅能力。彼女の命を救うために能力の半分を奪い、イズルは左眼に封印した。


 封印する力はイズル自身の魔法の才能すら封じ込めてしまった。

 測らずしも千年彗星の魔力がイズルの封印を緩めた。


 微調整できるか?


 魔法の外郭をイメージし、魔力を注ぐことで術が完成する。学院で理論を教わり、理解し定着した。


 臨機応変に魔法の構造を組み立てること。それが本来のイズルの能力であった。


 封印を弱めれば、魔力は暴走し魔法の骨格が崩壊する。


 強めると、魔力は安定するが魔法の骨格を維持する調整が必要だ。


 封印の力を強めすぎたり、弱めすぎたりすれば、魔力も骨格も保てない。


 レヴィアがオレを学院に入れたのは、理論を学ばせるためだった?


 魔法が使えなかったのは封印の力が強すぎたからだ。

 今のオレにとって、魔法の成功率は封印の強弱に直結する。

 イズルは中央階段に足をかける。ファラが続く。


 封印を再構築するか。千年彗星の魔力を利用して微調整する。現在のオレの能力で、魔力を安定させ魔法の構成能力を最大化する。


 イズルは首を振る。

 オレの目的は二人の笑顔だ。


 まずは千年彗星の魔力を最大限に扱う。そのために構成能力を利用する。封印の調整は後回しだ。オレ自身のことは最後でいい。


「イズル!」


 声に反応し、イズルは振り返った。レヴィアがいた。重厚な扉は開閉する度に、重々しい音で軋む。


 イズルは音を認識していなかった。気配を察することもなく、呼ばれることでレヴィアの存在に気付いた。


「大丈夫か」


 声をかけるな。気がそがれる。オレが考えるべきは、左眼のこの力と千年彗星の魔力を融合して構築する魔法に適合するように変換して、彼女への影響力を最小限にとどめて……


「今のお前は危ういぞ」


 今回はリィーゼの時のように失敗するわけにはいかない。


 意思縛りのような代償が顕現しないように配慮して、外殻を作成して骨格を形成する。


 ダメだ。それでは効果が弱まる。救えない。

 ならば、代償を全てオレが受け止める形にすればどうだ。


「聞いてるのか、イズル」


 思考が遮られた。ぼやけていた視界にレヴィアが浮かんだ。

 レヴィアはイズルの左眼を睨むように見つめる。噛みしめた歯が唇の隙間から覗く。


「少しは自分のことも考えろ。その力に飲み込まれるぞ」


「時間がない」


 肌には痺れるほどの圧力がある。夜空を七色に輝かせる千年彗星の魔力は、間もなくピークを迎える。


 これだけの魔力を術に組み込めるか否かで、掴みとれる結果は大きく異なる。

 できるだけ魔力を収容できるほどの骨格を形成する必要があった。


 何でも利用し、捧げられるものは何でも捧げる。選択肢は限られている。オレに何が起きてもそんなことは後で考えればいい。


「私もいるだろう!」


 レヴィアが叫んだ。冷静なレヴィアが声を張り上げた。

 研究室で足を組み静かに本を読む、そんな姿が様になるレヴィアが発した叫びは、イズルの鼓膜を突き抜けるほどの存在感があった。


「忘れるな、私たちは共鳴者だ」


 そうか。レヴィアには伝わっていたのか。隣にいるファラもイズルの視線を見返した。


 イズルの器に宿る七色の滴が千年彗星と混じりあい、溶ける。


「お前は守るだけじゃない、守られる側でもあるんだ」


 魂の共鳴は双方向性を持ち、互いの能力を高めあう。決して一方通行のものではない。


「私も利用しろ」


「甘いな、レヴィア先生。一生徒にそこまで入れ込んでいいのか」


 息を吐くと肩の力が抜けた。イズルがからかうように言うと、レヴィアは厳しい顔つきを和らげ「バカ」と小さく答える。


「共鳴者は家族を超越した、魂でつながる存在だ」


 それは寄り添う力だった。イズルの魔力に螺旋を描いて絡み合う。


 深層世界でレヴィアの魔力が細い糸となって結びつき、こよりとなる。


 紡がれる糸は、すぐ隣にもあった。ファラの糸を巻き取ると、こよりはより太く、強固な力となる。


 共鳴者たちの力がイズルに同化した。

 ファラとレヴィアは祈りを込めるように瞳を閉じた。注がれる魔力が増大した。波濤となって押し寄せる。


 共鳴者たちは、イズルの魔力に安定化をもたらし、そっと背中を押した。


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