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50 家族への執着

 ガルドとセレーナは同じパーティーのメンバーだった。お互い二十歳を回ったばかりの冒険者だった。


 彼女がメンバーに加わったとき、ガルドは慎ましく穏やかなセレーナが、自分と同じ前衛担当の剣士だと聞いて、驚きとともに興味を持った。


 あの細腕で剣を振り回せるのか?

 そんな疑問も最初の戦闘で消え失せることになる。力で押し切るガルドとは正反対で、技とスピードで戦う彼女の姿は新鮮だった。


 重量のある大剣を振り下ろしてガルドが魔物を両断する。振り返るとセレーナは2匹の魔物を倒していた。3匹目が一筋の光によって裂かれた。


 流水のような動きに見とれた。価値観を覆された。


 同じ敵を相手にしても、異なる動きで倒す。彼女の視点と技術を自分にも取り入れたいと、クエスト終了後は彼女の話を熱心に聞いた。そうして二人の距離は縮まっていった。


 魔力剣という武器があるらしい。魔法を使えない剣士でも、この武器を使えば、ある程度魔力を操れる。魔力を武器で強化すれば、大剣に匹敵するほどの攻撃力を備えることも可能になるという。


 ガルドは大剣を捨てた。大枚をはたいた魔力剣は手によく馴染んだ。


「お揃いだね」


 セレーナは嬉しそうに顔を覗き込んだ。お、おう。顔を背けて返事するのがやっとだったが、彼女が頬を突いてからかうので、思わず手を握りしめた。その場で結婚を申し込んだ。


 結婚式での彼女は美しかった。階段から降りてくる彼女が幻想的で、本当に俺の妻になるのかと夢かと疑った。


 息子が生まれた。ノエルと名付けた。セレーナは子育てに専念することになった。できれば、このまま復帰せずにいて欲しい。冒険者は常に危険と隣り合わせだ。


 そのためには金を稼がないと。


 力まかせの攻撃をやめ、セレーナの技術を取り入れた結果、ガルドは着実に戦果を挙げていった。相手の目から思考を読む。攻撃を引き付けて最小限の動きでかわし、剣を懐に滑り込ませる。


 冒険者としての地位も向上した。


 そして、アルフレッド・ベイルと出会った。ギルドで紹介されたアルフレッドは、優雅さ溢れる貴族でありながら、にこやかにガルドに握手を求めた。


 有望な冒険者を支援したいと、彼はガルドを屋敷へと招待した。躊躇いはあった。貴族と深い関係を築けば、大きな借りを作ってしまうのではないか。その反面、収入が安定すればセレーナを冒険者に復帰させずに済む。


 アルフレッドは屋敷の宝物庫へガルドを案内した。魔力を宿した武具や装飾品を収集するのが、彼の趣味であった。


 最近は魔物の骨や毛皮にも関心があるらしい。

 依頼はギルドを通すこととなった。


 公的な場を介することでガルドは過剰な借りを避けることができる。ガルドを指名することによって、アルフレッドは目立たない。


 依頼をこなすうち、家族間の交流が増えていった。

 アルフレッドには妻がいた。重い病を患い床に臥せることが多かった。


 屋外に出る機会は少なく、白く美しい肌が、透けるような儚さを与えた。彼女は木々や花が好きだった。


 外へ出られる日は、眩しそうに太陽の光を浴び、色とりどりの庭園を散歩し、花々の香りを嗅いだ。木々の新鮮な空気を吸い込んだ。


 ベイル家には子供がいなかった。そのためか彼女はノエルを自分の子のように大事に扱った。ノエルも彼女によく懐いた。


 アルフレッドは彼女を深く愛しながらも、蝕む病に心を痛めていた。医者も投げ出す病をどうにかできないものかと、彼は魔法に希望を託していた。


 魔力を帯びたものなら何でも収集しようとした。宝物庫は彼の内面をさらけ出した場所となっていた。


 そんな彼が心核血晶に関心を持つのは必然だったのだろう。


 アルフレッドの妻が息を引き取った。 彼は取り乱すことはなかったが、妻から離れようとしなかった。

冷たくなった頬に触れ、唇を撫で、そっと抱き寄せ手櫛で髪を梳いた。


 煙となって天に上る彼女を、瞬きせずに見つめていた。ガルドは、自分をそんな彼に重ねた。


 セレーナを失うと自分はどうするのだろう。涙を流すのだろうか、それとも彼のように、ただ彼女の傍にいようとするのだろうか。


 きっと現実を受け入れることなどできない。


 宝物庫の装飾品に紛れて心核血晶が飾られた。日を追うごとに増えた。理由は聞かなかった。聞けるわけがない。自分だって、きっとそう考えるのだから。


 書棚には秘術を思わせる書があった。冥界から魂を戻す法など存在しない。アルフレッドは妻を取り戻すことなどできないのだ。


 庭園は徐々に荒れていった。ベイル家の幸せの象徴が崩れ出す。


 アルフレッドは安定化前の心核血晶を欲した。すなわち、息絶えたばかりの魔物から吐き出される深紅の石だ。


 非活性化していない心核血晶は危険が伴う。人間を破滅させかねない代物だ。


 アルフレッドは心核血晶を入手するためにクエストに同行したいと乞うた。ガルドは拒絶した。


 アルフレッドは、たった一人の家族さえ失った私には何も残っていない、最後の希望を奪わないでくれ、と懇願した。


 ガルドは別の形で彼に希望を与えようとした。他の楽しみを知ってもらおうと、セレーナとノエルを伴い、アルフレッドを敷地外に連れ出した。


 庭園のベンチでは、セレーナ手作りの弁当を振る舞った。妻を亡くした彼の気持ちを紛らわせたかった。

 

 間違っていた。それが彼を追い詰めた。


 庭園で遊んでいたノエルを探していると、片隅でうずくまっている姿を発見した。薄く光る魔法陣の中心で息子は膝を屈していた。


 アルフレッドが歓喜の笑みを浮かべて立っていた。その目がガルドの心臓を掴んだ。世界が暗転する。


「何てことを……」


 黒く濁った光を放ち、心核血晶が息子の胸に吸い込まれた。


 魔法陣で心核血晶を活性化させたのか。


 それだけの力と技術、知識を習得するのに、どれだけのものを費やしたのか。彼の執着の強さを見誤っていた。


「やあ、ガルド。私の息子を紹介するよ。ほら、挨拶なさい」


「はい、父上」


 覚束ない足取りで息子が立ち上がる。釣り合いの取れない天秤のように息子の頭が揺れる。


 その瞳に父の顔は映っていない。濁った灰色の目から溢れたのは、白濁の液体だった。


 息子が首を垂れる。

 ガルドは剣を構えた。


 反射的なものだった。冒険者として戦いに身を投じてきた経験によるものだった。体が即座に反応したが、どうすべきなのか分からない。


 全身がアルフレッドの視線に縛られていた。背中に汗が滲んだ。息が詰まる。剣を握っているだけでやっとだった。


「君のおかげだ、ありがとう。ようやく妻を忘れられそうだ。新しい家族を持つことができて、私にも希望が見えてきた」


「間違ってる。こんなものはまやかしだ」


 鮮度の落ちている心核血晶とはいえ、術を解除できるのか。息子の様子を伺いながら、にじり寄る。振り子のように揺れる息子の首は、その振り幅を狭めていった。


「お、とうさ……ち、ちうえ」


「今すぐ解除しろ!」


 ガルドが叫んだ。アルフレッドは肩を竦めた。


「魂と心核血晶の融合を解除することはできない。一流の冒険者である君なら知ってるはずだ」


「それでもだ!」


「そして、術により、融合は加速する」


 アルフレッドは人差し指で何度も円を描いた。


「解除しないのなら……」


 足を踏み込んだ。


「残念だな!」


 アルフレッドの声が轟いた。その響きがガルドを制御する。


「私の妻も紹介するつもりだったのにな」


 体が跳ねた。噴水に向けて、体を投げ出し走った。


 セレーナ。妻の名を呼んだ。声だけでも、先に届いてくれ。そんな祈りを込めて、喉が潰れんばかりに叫んだ。


 視界が開けた。初めて出会ってから、幾度となく呼び続けた名前を口にしようとして飲み込んだ。声にならなかった。


 彼女は魔法陣の外に足を踏み出した。


「おや、奥様のことをお呼びのようですぞ」


 黒服の執事が言った。

 違う、セレーナは俺の妻だ。ガルドが誕生日に贈ったロイヤルブルーのドレスが嘆くように風に揺れた。


 似合ってるかしら? 

 あの日の彼女は照れくさそうに笑っていた。


「ふむ。私の妻としては、その安物のドレスは似つかわしくないな」


 背後の声に弾かれて剣を構えた。切っ先にはアルフレッドがいた。


 剣先が震えて安定しないのは、怒りのためか恐怖のためか。自分がどんな感情に支配されているのかすら理解できなかった。


 アルフレッドの後方には、灰色の目をした我が息子が表情を変えずに佇んでいる。


「セレーナには後でもっと似付かわしい服を用意してやろう」


「お前がその名を呼ぶな!」


「少しは私の絶望が理解できたか」


 静かに紡いだ言葉は、ガルドの耳にやけに大きく響いた。


 火葬場で煙を見つめていたアルフレッドが頭をよぎった。自分ならどうするのだろうか。


 その答えは……

 初撃は大きく空を切った。


「剣に迷いがあるな。私に、かすることもできないとはな」


 息を吐け。

 自らに命じた。冷静になればアルフレッドを葬ることは難しくない。

 息を吸い、止めた。


「ガルド、家族への執着が強いほど、それはお前を狂わせるぞ」


 剣を走らせた。残光を残し、剣はアルフレッドの喉を望む。


 衝撃に手首が痺れた。宙を舞った剣が回転して地面に突き刺さった。


 何が起こったんだ。ガルドは手首を押さえた。蹴りを放った息子が足を降ろした。


 な……ぜ……問いかけは届かない。


 背中に感じた鋭い痛みから、ガルドは自分が妻に斬りつけられたのだと悟った。


 薄れゆく意識の中でアルフレッドの声が聞こえる。


「さて、セレーナ。まずは新しいドレスからだ」

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