5 実戦形式
授業は実戦形式だ。生徒の戦闘能力を実技で査定するためのものだ。
指名された生徒が一対一で戦っていく形式だ。
名前を呼ばれてイズルは立ち上がった。待ちくたびれた。時刻は昼近くになっていた。
取り囲む視線がイズルに注がれる。対面するのは、見下すように顎を突き出した少年だ。
二人が対峙する。アルテナ学院の室外訓練場は、学術塔を出てすぐのところに位置する。
教師と生徒が二人を取り囲み、準備を終えるのを待つ。遠くから魔法の音がかすかに響く。隣接する室内訓練場からだろうか。
対面に立ったタケリオが不適な笑みを浮かべた。
「どうして君がレヴィア先生の推薦で入学できたのかは分からないが」
戦闘はアルテナ学院の制服を着用したまま行われる。
タケリオは木刀の切っ先を体の中心に構える。
「透明くん、棄権を進めるよ。授業でケガをさせてしまうのも気がとがめる」
無試験の推薦入学が気に食わないのだろう。入学以来、タケリオからはイズルを軽んじる態度が目立った。
入学時には、才能の査定をするために、魔法で魂の器の色を見る。イズルは「評価なし」、つまり透明だと判定された。
査定の判定を揶揄するタケリオは自信に満ち溢れている。
「お前はその仰々しい徽章の心配でもしてろ」
タケリオの左胸には学院のシンボルを象った徽章が赤く輝いていた。名門学院の生徒たちにとっては、誇りと尊厳の証だ。
「その言葉、後悔させてやるぞ」
歯噛みして不快感をあらわにし、タケリオは開始の合図を待ちきれないとばかりに、靴底で何度も地面を削る。
イズルは右手の木刀を宙に投げ、左手で受ける。腕を振って、木刀の馴染み具合を確かめる。最近は左手一本で扱ったことなどなかった。
こんなものかと左手を握ると、開始の合図を待たずして、タケリオが飛びかかってきた。木刀がイズルの目の前を通り過ぎた直後、空気が歪んで、タケリオの頭部がさざ波のように揺れた。
制服の防御機構が発動したのだ。魔力を帯びた制服には、実戦訓練を行うことを想定して、受けた攻撃を緩和するための障壁が発動する仕組みが備わっている。
「あ」
右足を着地させてから思わず声を漏らし、木刀を使うことを忘れていたことに気づいた。
タケリオは地面に膝をつき崩れ落ちた。吸収されない衝撃は当人に到達してしまう。
「急に飛びかかってくるから、足使っちゃったよ」
足を振り切る前に止めたから大事にはならないはずだ。
「い、今のはたまたまだ」
立ち上がろうと足を踏ん張るが、タケリオは尻もちをついてしまう。
「終了だ」
指導教師のレヴィア・アークウィンが、負け惜しみを言おうとするタケリオを遮る。
回復の魔法陣が描かれた場所に行くように促す。毅然とした態度に言葉を失い、タケリオは男子生徒に両脇を抱えられながら、引きずられていく。
「足使ったからダメ?」
「攻撃手段は問わん。次、ファラ」
ファラがイズルの正面に立つ。ひざ丈ほどのローブが女子の制服だ。黒基調と赤ラインは男子生徒と共通している。左胸には赤い徽章、膝下は赤ラインのレギンスを履くことで動きやすさも兼ね備えている。
鈴が鳴った。その音色は吸い込まれるように澄んでいる。
寂寥感があった。手を伸ばして触れると、空気の中へと霞のように滲んでしまう。どこかで感じたものだ。答えを探そうとしたとき、なぜか思い浮かんだのは昨日見た夢だった。
ずるり、とファラの背中から影がはがれたように魔力が這い出す。
教室で会話しているときのような穏やかさはない。猛々しい魔力を自在に操るファラ・ノクタールは、新入生の中、いや上級生を含めても高レベルの魔法の使い手だ。
魔力で揺らぐ鈴の音色でさえ、空気を引き裂く刃のような鋭さをイズルに伝えた。
タケリオをからかうような気持ちでいると、今度はこちらがケガをしかねない。
イズルは木刀を利き腕に持ち変えた。
「足どころか、魔法を使ってもいいんだぞ」
使えるものなら、使ってみろ、と言いたげにレヴィアはからかうような口調で言う。魔法を避けているイズルをあえて挑発している。
うるせえな。すべて見通すような視線に反発しながらも、ファラへの注意は怠らない。腰を落とし、いつでも飛び出せるように足を踏ん張る。
開始の合図を待つ。どこかから声が聞こえてきた。他クラスの訓練だ。集中すれば、煩わしい音もそのうち耳に届かなくなる。
「始め!」
静寂を破る声とともに、イズルは距離をつめた。木刀が届く範囲に到達するより早く、足元に光のつぶてが着弾する。イズルは身をひるがえしてかわしていた。
ファラは呪文を短縮させることにより、発動時間を短縮させている。さらに高等技術になると、キーワードだけで発動することすら可能になる。
だったっけ。聞きかじったことを思い出す。
ファラは距離を詰められないように、魔法で弾幕を張る。
生徒の間から感嘆の声が起こっている。魔法の発動の速さと、イズルの身のこなしに対してだ。イズルは地を蹴り、方向を変えながらファラを射程距離に捉えた。
レヴィアの言う通り魔法を使っていれば、もっと効率よく戦えるはずなのは確かだ。
「やめ!」
ファラの喉元をかすめる直前、イズルは木刀を静止させた。
授業の終わりを告げる鐘が鳴った。実戦訓練が終了したことに安堵したのか、訓練場の空気が弛緩した。生徒たちからため息が漏れる。
魔法か……意識せず木刀を握る手に力が入った。
振り返った先では、未だ収まらない砂煙が視界を覆いつくしていた。