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48 千年彗星1

 馬車が止まり、目的地に着いたことを告げた。


 屋敷の敷地内だった。かつては色とりどりの花に彩られた、鮮やかな庭園であった。


 晴れた星空の元なら、幻想的な色の調和を楽しめていたはずだろう。


 そんな光景も過去のものだ。木々は倒れ、茶色の樹皮がレンガに散乱している。表へ出ると、樹皮の朽ちた臭いがした。


 広場の中心には、枯れた噴水があった。周囲の壊れたベンチは時間の経過を思わせた。


 その向こうには敷地の主が住まう建物があった。闇の中、光を受けて、どんよりと佇む。


 地に足を付けるだけで、のっぺりとした空気が背中にのしかかる。


 その居心地の悪さは、ここがアルフレッドのために存在するエリアなのだと改めて認識させた。


 耳をすませば唸り声でも聞こえてきそうだ。敷地内に自分たちに有利な魔法陣を張り巡らせている。瘴気が立ち上り屋敷を包み込んでいた。


 夢で見た場所だ。

 足を踏み出そうとすると、妨げる影があった。案内人である御者がイズルに立ち塞がった。


「ニ……エ?」


 御者は首を傾げる。


「チ、ガウ?」


 呟いた御者の首が胴から離れた。首はレンガを転がり樹皮の上で静止した。御者は霧と化し、空気へ溶け込んでいく。


「もうお前に用はない」 


 吐き捨てたイズルの手には魔力剣が握られていた。


「もちろん、お前たちもだ」


 幌の上で舞い踊っていたゴブリンたちは、きょとんとして動きを止めた。上半身と下半身がずれた。何が起こったのかも把握できないまま、ゴブリンの体が分断された。


 次々に煙と化すのを確認し、イズルは幌に顔を突っ込んだ。


 にっ、と笑顔を作る。正常に戻った少女たちが一斉にイズルを見た。瞳には怯えが宿っていた。


 互いに肩を寄せ合い、イズルから離れようと距離を取る。深夜に見知らぬ場所に連れ出されていたのだ。当然だ。


 イズルは彼女たちの前に拳を突き出して広げた。指の間と掌に丸い形状の石が出現した。


 突然手品をされて、あっけにとられた少女たちはお互いを見合わせる。ガルドから奪った魔法石と結界石だ。イズルは少女たちに全て渡し、簡単に使い方を教えておく。


「いいか、お前たち全員オレが助けてやる。だからそこを動くなよ」


 戸惑いながらも少女たちは頷いた。はい、と声に出して返事をする少女もいる。その声に呼応し、各々は渡された石をなくさないようにしっかりと握る。


 再度外へ出ようとすると、脇を抜ける影があった。


「ファラ、お前もだ。ここにいろ」


「連れて行って」


 ファラは強く首を振って拒絶する。


「ダメだ」


 ファラの力は魔物と戦える領域に達しているが、戦闘経験が不足している。しかも今回は敵の本拠地だ。

 中に押し込もうとした。


「いや」


「俺にまかせるんじゃなかったのか。ケガをしたらどうする?」


「それでもいい。私も役に立ちたい。だって、ローザは私の妹だもん」


 ファラの決意の強さは、魂の共鳴によって深層心理を通して伝わる。単独行動をされれば危険度が上がる。


 目の届く範囲で行動させるほうが安全か。イズルはファラの手を取った。


 噴水を挟んで二つの影が揺らめいた。彫刻が崩れ、枯れた噴水に音を立てて転がる。


「よく来た」


 鈴が哀しげに鳴いた。


 ローザの声だった。彼女特有の明るい調子は失われていた。あの日、昼間に記念碑広場で見た面影はもうない。


 噴水越しの彼女は弾ける笑顔だった。


 滲んだ黒い魔力は、暗闇の中で存在感を持ちながら漂う。


 傍らのファラはそれでも目をそらさなかった。彼女の瞳は全てを受け止める決意で満ちていた。


 十分だ。イズルは魔力剣を構える。

 ファラは現実に向き合う勇気を持った。

 あとはオレが期待に応えてやるだけだ。


「お前が黒幕だな」


 白髪の男は剣を突き付けられて、眉を顰めた。


「黒幕とは心外だな。もう知ってるはずだ。私が食事を提供しなければ、ローザは死んでいたぞ」


 アルフレッドは隣のローザを示す。


「ローザがこんなに元気になったことを感謝してもらいたいくらいだ」


「その結果がこれ、か」


 ローザの肌は土気色に変色しつつある。瞳は濁りが増して、唇は白くなりつつあった。


 生気が弱まりつつある体の状態に反し、魔力量が増大している。彼女の内部でローザの意識が弱まり、心核血晶が支配しつつあることを示唆していた。


「他に方法があったとでも?」


「御託はいい。他のことはお前を始末してから考える」


「ローザの魔人化は止められん。その時、お前たちはどんな反応をするかな。楽しみだ」


 アルフレッドの魔力が漲る。

 以前敷地外で戦った彼を凌駕するほどのものだ。魔法陣が作用しているのだろう。


 彫刻が瓦解し、噴水に乾いた音を響かせる。風が刃となり、イズルの頬を裂いた。アルフレッドは魔法を発動させたわけではない。魔力を解放しただけだ。


 イズルはファラに及ばないよう背中に隠す。


「人間は執着する生き物だ。ローザに対する想いが強いほど、お前たちは呪縛という名の鎖から逃れられなくなる。お前たちもいい人形になってくれそうだ」


「お前こそ心核血晶の鎖に縛られてそうだけどな。なあ、壊れた魂で生きるゾンビ野郎」


 風がやんだ。空気が凝縮した。火が灯る。


 炎が放たれた。

 アルフレッドは歯をむき出しにする。歯を軋ませ、叫ぶ。


「この私が縛られてるだと。時間からも、人間という肉体からも自由になった、この私が!」


 アルフレッドが剣を抜く。

 イズルは魔力剣に力を込める。体を防御障壁で覆う。この剣があれば、魔法に近い効果を得られる。


 後方からファラの支援魔法が届く。イズルの動きが加速し、アルフレッドとの距離を詰めた。


 アルフレッドの驚愕の色が混じった。前回とは扱う武器のレベルが違う。加速の支援も得た。


 捉えた。

 確信したイズルの体が折れ曲がる。脇腹への衝撃に跳ね飛ばされた。


 背中から大木に叩きつけられ、瞬間的に呼吸を奪われた。せき込み、脇腹を押さえる。


 防御障壁を施していたとはいえ、ダメージがある。イズルは攻撃の起点を探った。


「私を忘れないで」


 ローザが歯を見せて笑う。


「厄介だな」


 アルフレッドとローザ、二人の魔人クラスが相手だ。


 ローザの動作に警戒を怠らず、アルフレッドを攻撃するとなると注意力も分散される。ローザを傷つければ、彼女の意識にも影響が及ぶ危険性も排除できない。


「それが呪縛だ」


 アルフレッドの声が轟く。

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