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45 安全委員会顧問ガルド2

 アルフレッドの紋章を宿し、ゴブリンを操った少年のことを「息子」とガルド言った。その言葉の真贋を確かめる術はない。そのつもりもない。


「お前は息子の仇ってことだ」


「なら、お互い、譲れないってことか」


「うすうす、こうなるとは思っていたよ。アルフレッドの望みはローザの魔人化。そしてお前がローザを見捨てることはない」


「あんたは、アルフレッドの望みのために、学院内にゴブリンを招き、魔力の実をローザに授け、アルフレッドの元に誘導した。あんたの許可があれば、出入りの自由は効く……」


 つまり結界の損傷は外部に注意をむけさせるための工作だったということになる。


「言ったはずだ。戦う理由はみんな違うと」


 ガルドの剣身が赤みを帯びる。魔力を帯びることにより強度が高まる。心核血晶が魔力を増強させ、ガルドの攻防力を上昇させていく。


「無駄だぞ、イズル。オレには、この剣に加え、魔法石も結界石もある。お前にはほとんど残っていないはずだろ?」


「何もかも在庫不足だからな。全く残ってない」


 ひらひらと手を振る。


「時計塔で使ったもんな。装備の差は歴然としてるぞ」


「情報通だなっ」


 イズルが足元の石を蹴り上げた。目を狙う。


「屋敷で一部始終見てたさ」


 ガルドの瞳は石の軌道を探る。眼前まで引き寄せて首を捻ってかわす。


 イズルの剣先が輝く。ガルドの両目が並ぶ。光が走った。闇の中、血の飛沫が散った。


「魔力剣の支援を受けても、お前はまだスピードでオレを上回るか」


 ガルドは左目の瞼にできた裂け目を拭った。赤く塗れた頬を、袖口で乱暴にこする。


 左側から剣を振るった。魔力剣に跳ね返される。イズルは身を沈め、地面に手を突き、体を回転させる。足を払った。


 ガルドがバランスを崩す。

 ベルトを掴んで地面に叩きつける。


 イズルは目を突こうと剣を一直線に落とした。ガルドが右目を見開いた。切っ先が右目を貫く寸前、剣は動きを止めた。


「なまくらの剣で狙うなら目、だろうな」


 幾度となく冒険を重ねることで、分厚くなった指が剣を握りしめていた。


「……所詮、刃のない剣だ」


 刃があれば、剣を引くことで呪縛を逃れることはできたのかもしれない。現状、剣はガルドに支配され、身動きが取れなくなっていた。


「まさか生徒の魔人化を支援するとはな」


 体を並べて、血だまりに沈んだファラとローザは、今もイズルの瞼の裏に焼き付いている。血の臭い、味、ぬめり、飲み込み胃の中をぐるりと巡って引き起こす感覚まで詳細に思い出せるほどだ。


「お前こそ、俺の息子を殺した……っ!」


 吐き出すようにガルドが叫ぶ。魔力剣を地面に落とすと、鋼のような腕がイズルの手首を掴んだ。


「やっと捕まえたぞ」


 肉に食らいつく直前のような、鋭い歯を見せつける。

 手首は動かない。

 もともとの力強さに加えて、ガルドは身体的にも強化されている。


「お前が憎い。だが……」


 瞼から流れる血を避けるようとして、ガルドは左目を閉じる。その仕草は眩しい何かを見て顔をしかめているようでもあった。


「同じくらい感謝する気持ちもある」


「あいつは魔人だ。もう人間じゃなかった」


 イズルがガルドの言おうとすることを代弁した。ガルドは小さく二度、首を縦に振った。


「二十年間、あいつはあの姿のままだった。アルフレッドの屋敷で庇護を受け、心核血晶を食らい続けねば生き続けることすらままならん。正直、あのままの状態を続けるのが、あいつのためになるのか俺には分からなかった。だが、断ち切る勇気も、なかった」


「このままだと、ローザはあんたの息子と同じ運命を辿ることになる。あんたはファラに、自分と同じ道を歩ませようとしていることを自覚しているのか?」


 イズルはファラとローザの隣で、彼女たちの笑顔が輝き、曇り、消え、最後に涙に変わったの知っている。


 そして彼女たちはやがて血の海に沈む。その光景は吐き気を催すほどのものだ。


 ガルドは自分が悩み苦しんだことを、彼女たちにも強いている。

 そうだな、と笑うガルドは自虐的であった。


「それでも、息子を失ってもなお、俺に選択の余地などないのさ!」


 手首に力が込められた。このままでは地面に叩きつけられる。


 体が浮き上がる寸前、イズルは剣を離し、右手の自由を得ると、側方に向けて指先で地面を払う。


 何かが低空を裂いた。

 そのままポケットに手を突っ込み、中身をガルドの顔に落とす。


「さて、それは何でしょう?」


 深紅の丸みを帯びた魔法石。炎の魔法が封じられた石だ。


「なっ……!」


 予想外の行動を受け、ガルドはイズルの手首を解放し距離を取ろうとする。


 イズルは空中で体勢を立て直し着地した。背後で熱気が広がり、焦げた臭いが漂ってきた。


「お前、まさか」


 火傷した頬を押さえながら、ガルドは手探りで腰付近の収納袋に触れる。イズルは左手にナイフを持っていた。


「俺の魔法石を使ったのか?」


「あんたには女癖が悪いっていわれたこともあるけど、オレは手癖も悪いんだよ」


 両手を広げる。指の間に魔法石と結界石が挟まれてあった。


「手品みたいだろ」


 再度拳を握ると石は消えた。


「ついでにこんなのもある」


 右脚を蹴り上げる。キン、と音を立てて空中に舞い上がるものがあった。月の光を反射して回転するのは一振りの剣だった。


 イズルの手首を掴む際に、ガルドが手放した魔力剣だ。魔法石を仕掛けた際に、弾いておいたものだ。


「降参しろ」


「まさか、これだけの装備差でここまで追い詰められるとはな」


 自虐気味に笑い、ガルドは肩を震わす。その歯の間に赤黒い光を放つものがあった。


 心核血晶だ。

 その瞬間、雷鳴が轟いた。別方向から高速の稲妻が走り、ガルドの鼻先を通過した。


 のけ反ったガルドの横面をイズルの蹴りが捉えた。心核血晶が吐き出される。


「それをすれば、息子と同じ運命を辿るだけだろ」


 心核血晶を踏みつける。


「そこまでだ」


 女性の声が響き渡った。

 アルテナ学院安全委員会魔術部隊顧問のレヴィアだ。


 稲妻を繰り出した指先からは、暴れ狂うほどの魔力が迸っている。大気を拘束し、振動させる。

 レヴィアは捕縛結界を展開し、ガルドを封じ込めた。


「万事休すか。イズルだけでも手を焼いているのに、レヴィア先生まで敵に回すとさすがに勝ち目はないか」


「残念です、ガルド先生」


「まったく、魔法ってやつは、厄介なものだ」


 結界を拳で叩き、強度を確認する。世界屈指の魔法使いレヴィアを一瞥し、降参するかのようにガルドは瞳を閉じた。


「よし、早速だ。レヴィア許可くれ」


 時刻を確認する。時計塔でファラが見た時刻は差し迫っている。


「先生だろ。全く、説教は後だ。早く帰ってこい。私はガルド先生を自由にするわけにはいかんからな」


「イズル」


 走り出そうとする背中にガルドが呟く。


「お前があいつを現世から断ち切り、解放してくれた。羨ましかったよ。同時になぜ、俺がしてやれなかったんだと後悔もした」


「なぜって、息子だから、だろ?」


 それだけを言い残し、イズルは校門の外へ走り出した。


 背中が見えなくなるまで眺め、ガルドは武骨な戦士の指で顔を覆い、膝を崩した。


「イズル、まだ、何も解決しちゃいないんだ。何も」


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