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44 安全委員会顧問ガルド1

 闇を割く影があった。

 イズルの横顔が月に照らされる。並木道で安全委員会の選抜メンバーとすれ違った。やはりローザの魔力を検知して警報装置が作動していたようだ。


 飛び交う言葉から、大きな事態には至っていないことを知る。


 校門が見えてきたところで、腕組みをした剣術部隊長フレデリック・アークの姿があった。


 学院内に敵が侵入した際、まずは精鋭である二年三年を中心とした選抜メンバーが展開される。


 前線となる校門付近では剣術部隊、魔力源となる主塔、供給塔には魔術部隊の精鋭が防衛に当たる。


 大規模戦闘になると、選抜メンバー以外も戦闘に参加、一年生は補給や連絡係が主な役割だ。


 フレデリックが進路に塞がり両手を広げる。止まれ、叫ぶ言葉を無視して、イズルは宙を舞う。


 空中を回転して、フレデリックの頭上を通過する。時計塔までの最短距離を走る。


 校門へ向けて速度を上げる。

 咄嗟に左方向へ体を逃がした。


 気配を感じたためだ。月の光を避けるように木陰に佇む影があった。


「いかんなあ、イズル。オレに無断で校門をくぐるのはいかんぞ」


 顎ヒゲを撫でながら剣術部隊顧問のガルド・ブレイカーが姿を現した。穏やかな声音だった。相好を崩して近づくガルドに対し、イズルは右足を引く。


「結界をくぐるには許可がいる。そんなことを忘れるくらい、急いでるのか」


「ああ、そうだ。だから許可をくれ」


「そいつは無理だ。よほどのことがない限り許可は出せん、決まりだ。わかってくれ」


 ガルドは肩をすくめた。魔力が付加された教師専用のマントを羽織り、戦闘用の魔力剣を所持している。


 腰には魔力石や結界石を所持するための皮製の収納袋があった。警戒レベルに準じた装備だ。対するイズルは訓練用の剣だ。刃はない。


「ファラには出したんだろ?」


「彼女は行方不明の妹を探すためだ。特例として許可を出した」


「ふうん。こんな深夜に、女生徒の一人歩きを許可、ね」


「一般生徒なら許可しないさ。安全委員会所属だからこその許可だ」


「なら、オレはあの二人を連れ戻す役目だ。居場所の検討もついてるし安全委員会所属だ。問題ないだろ?」


「許可は出せん。そういう決まりだ」


「しかもオレは最上位の冒険者だ」


「決まりだと言ってる」


 穏やかに話すものの、語気に苛立ちが混じる。にこやかな空気は消え失せている。


「学生がギルドに出入りするのは?」


「何が言いたい?」


 ガルドはヒゲに触れた。


「よく会うよな。あれはいいのか」


 改めて確認する。返答を待つ。お互いギルドでは名の知れた冒険者だ。

 見かければ、がははと豪快に笑い厚かましく肩を組みにくる。


 イズルの問いかけに、激戦を潜り抜けてきたことを示す傷だらけの頬が、月に陰って曇った。その指が、しきりにヒゲを撫でる。


「あんた、そんなに規則にうるさいタイプだったっけ?」


 ガルドは眉を顰めた。一筋の感情がよぎった。そのようにイズルには思えた。


「許可は出さん!」


 イズルの声をかき消すように、瞳を閉じて叫ぶ。


「ローザの外出も許可したんだろ」


 イズルの言葉に、ピクリとガルドは肩を揺らした。


「なぜそう思う?」


 ヒゲを撫でる指を止め、探るようにガルドが問う。声音は低く、早口で絞り出す様は焦りのためか。


「単純に考えただけだ。ローザは魔力を暴走させていた。その魔力は警報装置を作動させる水準に達している。現在は作動していない。ということは今は落ち着いてるか、魔力を押え込んで誰かが匿っているか、学院外へ出たか、と考えるのが自然じゃないか」


 ローザが落ち着いているのなら、ファラが知っているはずで、そもそも探すために学院外に出る必要すらなくなる。


「俺は知らんぞ。誰かが匿っているんだろう」


「かもな。なら、だれが何の目的で匿う? 一番可能性があるのは姉のファラだ。で、そのファラはどこへ行った? あんた今、行方不明の妹を探すために、特例として許可を出したって言ったよな?」


「ファラが行方不明の妹を探したいといったんだ。オレはローザの行方など知らん」


「いずれにせよ、ファラは、ローザが学院外にいると睨んだ。その根拠は……」


 ファラの根拠を推測したとき、イズルの中でつながったのは紋章だ。時計塔の少年と学院内のゴブリンに刻まれていた紋章。

 そして、それはイズルが見た夢にも通じる。


「魔人アルフレッド」


 イズルの呟きは静寂をもたらした。即座に答えを返していたガルドの会話のリズムが、乱れた。


「飛躍しすぎだ」


「あんた、有名人だよな。十代から『リュミエール』で活躍してるんだって? 凄いな」


 イズルの軽口にガルドの返答はない。


「当時のアルフレッドについて噂聞いたことあるんじゃないのか?」


「ない」


「全然?」


「ないな」


「あんた、アルフレッドの屋敷を重点的に監視してるって言ってたよな。何も知らずに監視してるのか?」


「知らん」


「あいつはあんたの名前知ってたよな?」


 返事はない。


「いつ、あいつの屋敷に攻め込むんだ? アイテム代の節約できると思ってオレ、あんたの誘いを待ってたんだぞ」


「準備ができていない」


「長いな。あれ、選抜試験前だよな」


「俺は学院とクエストで忙しいんだ」


「学院と言えば見回りで、結界の損傷について調査班に依頼するって言ってたよな。結果出たのか?」


「まだだ」


「長いな。調査班の怠慢?」


「時間がかかるんだろう」


「まさか、依頼すらしてないってことはないよな? 学院の仕事だもんな」


「調査班の問題だ」


「なら、こんな話はどうだ? 街で心核血晶が買い占められて、在庫不足が起こっている。千年彗星の接近で街はごたごたしてるというのに、買い占めたヤツがいるんだぞ。ひどくね? イリスがオレに泣きついてきたぞ。で、買い占めたのは誰だと思う?」


「それ以上言うな!」


 ガルドが声を張り上げた。


「遠慮するな、教えてやるから」


 イズルの指がガルドを示す。


「あんただよ、ガルド。剣術部門の顧問が心核血晶を購入か。そういうのは魔術部門のレヴィアの管轄だろ?」


 心核血晶は魔法の効力を何段階も高める、希少な媒介物だ。剣士が心核血晶を利用する場合、ほとんどは武具としての加工品だ。管理するのは魔術師の役目だ。


「レヴィアに確認してる。で、ついでに結界の調査依頼についても確認してもらった。調査班はそんな依頼受けてない、だと」


「お前、踏み込みすぎだ」


 ガルドが前かがみになる。利き腕の指先に力が入ったのをイズルは確認した。

 最上位冒険者と安全委員会監査役の肩書を持つガルドであっても、イズルを相手にはうかつには飛び込めない。


「規則違反と職務怠慢だな」


「それでも許可は出さん」


「加えてあんたは、ファラとローザをアルフレッドに差し出した」


「証拠でもあるのか」


 ガルドが柄に手をかける。警戒レベル4以上でのみ使用が許される魔力剣は、心核血晶を宿した強力な武器だ。


 対してイズルの剣は訓練用の、刃すらない剣だ。


「オレの鼻は繊細なんだ。だから、いい匂いを嗅ぐとずっと嗅いでいたくなる」


 イズルは目を閉じて、くんくんと鼻を鳴らして、息を詰まらせた。おえっ、と喉を鳴らした。


「つまり嫌な臭いにも敏感なんだよ。例えば、あんたの獣臭い、ゴブリン臭とかな」


 闇夜に二つの剣閃が交差した。金属音が響く。


「時計塔の臭いと一緒だ。あんたに染み付いた臭いは」


 イズルの視線はガルドとの距離を探った。


「アルフレッドの息子と同じ臭いをしているなら、あんたがあいつと繋がっていると考えるのも、それほどおかしくないだろ。繋がりを悟らせないようにするため、予約という形にしてオレを依頼書から遠ざけた」


「あいつの息子、だと?」


「否定してもいいぞ。いずれにせよ、あんたはファラとローザを危険にさらした。だからオレが裁く。停学だろうが退学だろうが好きにしろ。許可を出さないなら、結界ごと潰してやる」


「違う!」


 ガルドの声が轟いた。


「あいつは、ノエルは、アルフレッドの息子じゃない」


 ガルドの言葉に疑問符が浮かぶ。


「俺の息子だ」


 掠れそうな声を引き絞ってガルドが言った。

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