43 届いたぞ
足元に出現した血の海にどっぷりと沈みこんだ。血液が、引き絞った唇を押し破り、どろりと歯を伝って舌の上を這う。
絶え間なく押し寄せる波が喉を打ち付ける。血液の圧力に抗えず、噎せ返りそうになりながら嚥下した。
胃に落ちた赤い塊が、踊り蠢く。血の香は胃壁を逆転させるほどに暴れ狂う。
空気を求めた。胃液と混ざりあったとき、鼻腔が血の臭いを嗅ぎ取った。
記念碑広場の噴水で見た、ファラの笑顔とローザの笑顔が壊れ、砕け、血の臭いに溶け込む。
胃液が跳ね上がった。
イズルは口元を押さえ、上半身を起こした。腹部を押さえ、なだめる。鼻から息を吸い込み、体全体に行き渡らせた。ゆっくりと呼吸し血の臭いを紛らわせる。
「胸くそ悪い夢だ」
部屋にファラはいなかった。時計を見る。彼女の話を聞き終わった後に眠ってしまったようだった。
月の光に手を伸ばした。拳を握る。何も掴めない。
消えたのか。
夢の中の光に向かって呟く。答えは返ってこない。
伝えたかったってことなのか?
これが今まで見てきた夢の正体。
最後の願い、か。千年彗星の夜に届くなんて、まるで奇跡だ。
イズルは窓際から星を眺めた。ガラス越しに指で触れる。選抜試験の夜、ローザと夜空を見上げた。
彼女の指先が、イズルの指に重なった。
あれがお父さん。
あれがお母さん。
そして、私とファラ。
「だっけか?」
ローザの指先に問いかけた。
星になっても、いつも私たちを見守ってくれてるんだって。
「本当だったんだな」
流星に願い事をしたり、夜空に家族の星があるとか、見守ってくれてるだとか、無邪気におとぎ話のような話を信じていた。
そんな彼女を思い出すと笑えてきた。
こん、こんと窓の上から父親と母親の星を突いた。
「二回も起こしやがって。おかげで寝不足だ」
窓を開ける。
「けど、その願いはちゃんとオレに届いたぞ」
吹き込んだ夜風がカーテンを棚引かせた。力強い風の勢いは何かを語り掛けてくるようだ。
イズルは窓枠に手を置き、床を蹴る。
「オレが助けてやる」
窓枠を飛び越えた。夜空に向かって叫ぶ。
「すべて終わらせたら一日中寝てやるからな」