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42 最後の願い

 闇の中で一つの滴が落ち、波紋を広げた。水面が震え、さざ波となる。


 たすけて、タスケテ……助……けて。


 誰か助けて!


 ハアッ、ハアッ、ハアッ。

 呼吸音。心臓が苦しいほどに叩きつけられる。


 誰の?


 頭になだれ込んでくる。


 焦り、不安、そして絶望。


 ドサッ。

 何かが地面を転がる音がした。

 胸から全身に激痛が駆け抜ける。


 ハッ、ハッ、ハッ。


 息ができない。

 それでも首を傾け、消えそうな視界の片隅に、やっと映した。


 少女の姿を。


 銀色の髪をした少女が、怯えた眼差しをしている。ケガは一つもない。


 よ、かった……ファラ……


 声にならない言葉の後、最後の声を振り絞った。


「逃げて」


 後ろを向いて、振り返らずに、ただ走ってほしい。


 ハッ、ハッ、ハッ……


 動かない手を動かそうとする。指先に、意識を向けた。

 指は動かない。


 はあっ……は……お、おかあ……


 ファラ……


 たすけ……るから……


 おかあ……が……るから


 ローザ……


 安心させようと、クセのある髪に、手を伸ばそうと……


 その手は届かなかった。


 地面が真っ赤な血で染まった。


 離れたくない、離れたくない、これから先もずっとこの子たちを見ていたい。


 誰か、誰か助けて。

 どうかお願いします。

 私の、私たちの娘を。


 そのためには何でもします。


 届いて。

 これが私たちの、最後の願い。


 光の粒子が形を崩した。祈りが消えた。虹色の火花を散らして、暗闇に一筋の光が走った。


 それは最後の光だった。誕生した闇に浮かんだのは、時計塔に立ち、馬車に乗るファラの姿だ。


 千年彗星が駆け抜ける夜空の元、並んで横たわっていたのは、血まみれの姉妹だった。


 魔人アルフレッドの剣から、血の滴が、落ちていた。

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