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4 ファラとローザ

 予鈴には間に合った。教室内は生徒たちがそれぞれのグループを形成し、会話に興じている。教室中央で一際目立つ生徒の輪があった。中心にいる少年はタケリオだ。貴族の息子は、イズルに気付くと、眉間に皺を寄せる。


「よお」

 イズルは片手を上げる。名前は覚えていないが、入学後、何かにつけて小馬鹿にしてくる生徒だということは認識していた。素性の知れない馬の骨が推薦入学したのが不満なのだろう。


 タケリオ・エルバンは返事をせずに、取り巻きとの会話に戻る。

 イズルは気にする様子もなく、その脇を抜けて教室後方にある自分の席に座った。


「おはよう、イズルくん」


 隣の席で伏せていた少年が顔を上げた。メガネがずり落ちそうになって、「おっと」と慌ててかけなおす。

 青白く、ひょうたんに似た生徒は、鼻ちょうちんをぶら下げ、目をこする。


「えっと、誰だっけ?」


「ひどいよ、ヒョータだよ。ヒョータ・スランバー。隣の席なのに、そろそろ名前を憶えてよ」


「そうだそうだ、ひょうたんだ。すまんな、オレは男の名前はすぐ忘れるんだ。ちなみに得意技は女子の名前を覚えることだ」


「だったら、女子に生まれてくれば良かったよ」


「やめろ、想像させるな。お前は男だろうが女だろうが、これからはヒョーたんだ。うん、覚えやすい」


「わ、わかったよ」


 そうか、僕はこれからヒョーたんか。ちょっと可愛いかもしれないな。嬉しそうにヒョータは呟き、やがて幼子のように眠りについた。


 なんだ、こいつ。一瞬で寝たぞ、凄いな。

 ヒョータの寝息を聞いていると、こちらまで眠たくなってくる。ガクっと首が落ちると肩を叩かれた。


「おっはよー」


 ローザ・ノクタールだった。隣にはファラがいた。女子の名前ならクラス全員言える。


 彼女たちは双子の姉妹だ。


「朝っぱらから何だね、君たちは。二人揃ってぐーぐー、ぐーぐーと」


 妹のローザは今日も元気いっぱいだ。賑やかに笑顔を弾けさせ、子供のように瞳をらんらんと輝かせている。癖のある銀髪を飾るへアピンは、ファラとお揃いのものらしい。


 左耳付近で淡いピンク色の鈴が揺れる、りんと音が鳴る。


「とはいえ、私も寝不足なんだけどね」


 小さな体を目いっぱい伸ばして、ローザが言った。


「遊びすぎだ」


「失敬な、私はちゃんと勉強してたよ。呪文の暗記。イズルっちと違ってさ」


 腕をグルグル回してローザが抗議する。その動きが余計に幼さを強調する。


「うぐ」


 イズルは机に倒れ込んだ。


「どうかしたの?」


 姉のファラは大人びた雰囲気がある女性だ。癖のない銀髪を肩まで伸ばしている。右耳付近でローザと同じヘアピンがきらめく。


 ローザを成長させるとこのような感じになるだろうか、というような美人だ。さすが姉妹といったところだろうか。顔立ちの雰囲気が似ている分、ローザの幼さが際立つ。


「明日、補習だってさ」

 イズルは頭を抱えた。入学してから、魔法関連の授業をサボり続けているからだ。


「もしかして、レヴィア先生?」


 ファラが世界屈指の魔法使いの名を口にする。レヴィアは魔導士の資格を持つ、アルテナ学院の教師だ。イズルをこの名門学院に推薦入学させた後見人でもある。


「理論の基礎からやりなおせだと。呪文もやらされるかな」


 剣は得意だが、呪文を覚えるのは苦手だ。教科書を見るだけで、頭が痛くなってくらくらする。


「贅沢なこと言ってる。レヴィア先生に一対一で授業してもらえるんなんて、特別なことだよ」


「特別ね」


 彼女が憧れの的であることは、まだ短い学院生活において肌身に染みるほど伝わる。

 皆、すれ違っただけで振り返り、彼女が風に靡く長い髪を押さえつけるだけで、周囲からは感嘆の声が漏れる。彼女の授業をサボるのはイズルくらいだ。


「私たちもレヴィア先生みたいな魔導士になりたい」


 うん、とファラが相槌を打つ。


「ところで、レヴィア先生ってどんな人なの?」


 ファラが訊ねた。ローザが目を光らせる。


「推薦受けたんでしょ、個人的な付き合いがあるんじゃないの?」


「レヴィアは……」


 呼び捨ててしまい、慌てて言い直す。


「いや、レヴィア先生は」


 いつも先生と敬称を付けるよう叱られているのだった。


「厳しいな。でも、オレには甘いかもな」


「甘いの?」


 二人が目を丸くする。


「最近は説教が多いかな。口を開けば基礎をやれ、基礎をやれだ。昨日だって、わざわざ放課後呼び出してまで、その説教だ」


「それは授業をさぼるからでしょ」


 真顔になったファラに気おされてイズルは口をつぐむ。


「基礎か。確かに基礎は大事だよね。放課後に、レヴィア先生の補習で理論の基礎をやり直しか……」


 ローザは名案が浮かんだかのように手を鳴らした。


「私も参加したい」


 イズルの机に手を置いて、ローザが飛び跳ねた。


 自分から補習を受けたいなんて、変なヤツだ。


「参加したって楽しくないぞ、きっと」


「君はレヴィア先生の偉大さをわかっていない」


「え、そうかな」


 レヴィアは厳しくて不愛想だけど、美人で優しい。おまけに料理が無茶苦茶上手い。怪しげな薬草も、エプロン姿の彼女にかかれば、一流料理に早変わりだ。


「先生は世界屈指の魔法使いなんだぞ」


「ああ、そっちか」


 研究室は本だらけ、魔法オタクで読書中は話を聞かない。そっちは微妙だけどな。肩書だけ聞くと凄いのか。イズルには良く分からなかった。


「レヴィア先生の特別授業で、私も基礎をしっかりと固めておきたいんだよ」


 ローザは手を組んで宙に思いをはせる。


「ただの補習だけどな」


「私も参加できるように頼んでみてよ、特別授業」


「補習だって」


「よし、決まりだね」


 ローザは手を打って一人で喜び始めた。


「人の話聞かないヤツだな」


 イズルがため息をつくと、予鈴が鳴った。


「あ、午前中、実戦訓練だ。訓練場へ急ごう」


 ファラが叫ぶ。クラスメイトの大半は、既に移動を開始していた。イズルは、眠るヒョータの頭を叩き、教室の外へ出た。


「イズルっち。ファラと戦うことになったら、棄権を勧めるよ」


 走りながらローザが言った。

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