表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/58

39 罪と報い9 嘘つき

 結局。

 決断なんてできなかった。

 先送りする以外の選択肢なんて私には存在しなかった。


 翌日、ローザの部屋で寝た。


 どうしたの、一人じゃ寝られないの? 子供みたいだね。


 からかわれた。

 体を寄せ合った。


 なくしたくないよ。

 この時間も、このぬくもりも。


 離したくない。

 これからも、ずっと一緒にいたいよ。


 深夜、布団の中からローザのぬくもりは消えていた。





 イズルと行った時計塔のクエストで、ローザの魔力が暴走した。


 体は大丈夫なのだろうか?

 心核血晶は?

 自問したところで答えは出ている。


 限界だ。


 ローザにあるのは……かつて私たちが語り合った夢だけだ。


 魔導士になって、魔物を倒して、私たちのような人を出さないように、それだけは成し遂げようと、必死になってる。


 本人が望んでいる。


 応援、するべきなんだろうか。

 ローザの命より、夢を優先させるべきなのだろうか。


 寝不足のせいか考えがまとまらない。

 そういえば、ゆっくり寝たのっていつだったかな。昨日も寝てないや。


「何時?」


 時計を見る。もう夜か。考え事をしたり、うたた寝をしたりして、いつの間にか時間が経っていたらしい。


 ローザの様子を見に行こう。

 今夜はなんだか心がざわつく。不安を揺さぶられるような、こんな感覚は千年彗星の影響なのだろうか。


 寝ていたら申し訳ないので、ノックをせずに部屋に入る。何事もなければ、そのまま帰ろう。


 こんなに嫌な感じのする夜は、睡眠を十分にとって、やり過ごすのに限る。


 月明かりのせいで、薄い暗闇がべっとりと部屋の壁にへばりついていた。


 ベッドで寝てるはずのローザがいない。

 庭園へ行った?

 いつもより早いけど、昨日はずっと寝てたから……


 床に影が伸びた。

 いたんだ、眠れなかったの?


 そう声をかけようとした私の首に、ローザの指が触れた。指に力が込められる。首に食い込む。呼吸を奪われた。かろうじて喉の奥で声を漏らす。


 名前を呼んだ。

 瞳に私は映っていない。子鬼を握りつぶしていたときの目だ。床に押し倒された。馬乗りになって、私の喉を絞める。


 ローザの手首を掴んだ。その姿が滲む。波打ち、揺らぐ。


 ファラが止めてね。

 あの時の言葉を忘れたことはない。ずっと胸に刺さっている。


「わ、たしは」


 私は……


 罪を犯した。


 ローザを不幸にした。


 一人になりたくないばかりに、ローザに偽りの命を与えてしまった。いつ失うかわからない命によって、苦しみの毎日を強いている。これが報いなら、このままローザに殺されるのも……


 悪くはない。


 意識をなくしかけたとき、悲鳴に似た叫びでローザが手を振り払った。


「逃げて!」


 ローザが叫ぶ。再び指が絡みつく。

 私は抵抗しなかった。


「いやだ。いやだっ!」


 ローザが激しく首を振る。手が離れた。髪を掻きむしりながら、床に爪を立てた。


「卑怯だ、ファラは卑怯だっ!」


 え?


「ファラは自分のことばっかりだ。私のことなんか考えてない。私はっ……」


 ローザは後ろ手で逃げるように体を引きずった。その動きが、止まった。


「私はファラといられて幸せだったのに!」


 私、は?

 ローザだけじゃない、私だって。


「私だってそうだよ。私だってローザといられて幸せだったよ」


 ローザは首を振る。

 どうして否定するの?


「私はファラといるのが楽しかった。だからファラにも笑ってもらいたかったけど、ダメだったね」


 何を……言ってるの?


「笑ってたよ、私笑ってたよ。ローザがいたから私笑えてたんだよ?」


 伸ばした手が弾かれた。


「私に合わせてただけ」


「ち、がう……」


 違う違う違う違う。


 私は笑ってた。入学して、ローザと勉強して遊んで、友達もできて、私は楽しかった。


 私はずっと笑ってた。


 と、そこで。

 気づいてしまった。

 あるときを境にして、そんな感情が欠落していることに。


 震える小指を見つめた。

 約束の日だ。だってガラスのカケラはあんなに鋭いのだから。


 カケラがもたらしたのは、痛みだけ。


 後悔と罪悪感に苛まれるようになって、表面上の笑顔で取り繕うようになっていった。そんな私とは反対に、ローザは不自然なくらいに笑ってた。


 ああ、そうか……

 ようやくわかった。

 ローザは私を笑わそうとしてくれてたんだ。


 でも一度だけ。

 心の底から笑ったときがあった。


「記念碑広場で」


「そうだね、笑ったね。イズルがいたことで、やっとファラは笑えた」


「だったら」


「そういうことじゃないんだよ。笑ったとか笑わなかったとか、本質はそこじゃない」


 ローザの言葉は、私が必死で隠し続けてきた真実を暴く。自分でも意識をせず、ずっと殻の中に閉じ込めて考えないようにしてきたこと。


「ファラは幸せじゃなかった」


 貫く言葉は私たちの絆さえも壊してゆく。


「幸せじゃなかったんだよ。私じゃファラを笑わせられない。私じゃ……ダメなんだ」


 誰にも知られてはならない。ローザにだけは隠し通さなければならなかったことだ。


 私はローザを不幸にした。

 私の罪がローザから希望を奪い、夢を奪った。

 ずっと、そう思いこんできた。


『ファラは悪くない。だから、謝らないで』


『私は感謝してる』


『私、幸せだよ』


 ローザはずっと本当のことを言っていたんだ。

 私はローザの言葉を信じていなかった。


 彼女を不幸だと決めつけてきたのは、つまり。


 私自身が幸せを感じなかったから。


 お父さんとお母さんを亡くし、寂しさを紛らわせるために、ローザに偽りの命を与えた。その罪悪感を消すことができなかった。私はずっと苦しかった。ローザのことで悩み、泣くことが贖罪になるのだと。


 偽ってきた。


 楽しいのだと。


 ローザと勉強できて。

 遊べて。

 友達もできて。


 楽しいと自分を偽ってた。


「そんなはずは……」


 そんなはずはない。

 認めたくない。


 認めたら私はローザに対して何も与えられなかったことになる。


「だったら……」


 ローザは目を伏せる。


「なんでまた泣いてるの?」


 凍てつくような冷たい声。

 指摘されて頬に触れた。


 指先が濡れていることを知って、慌てて袖を拭った。

 見られた。見られてしまった。


「泣かないって約束したのに」


「違うの、これは」


 ローザが瞼を閉じて、そっと開いた。

 一筋の滴が、流れ落ちる。


「私の幸せもなくなっちゃったよ」


「待って!」


 逃げ出すローザにしがみつく。再開したあの日以来、初めてローザが泣いた。どんな辛いことがあっても笑っていたローザが泣いている。離したらダメだ。離したらどこか遠くへ行ってしまう。


「ごめん、もう限界なんだ。理性を保てそうにないんだよ。こうして抑え込んでるだけで精いっぱい。このままだと、またファラを襲っちゃう。いつ誰を襲うか分からない。そうなる前に……」


 コロシテ。ローザの心が叫ぶ。

 でも、たとえそれで犠牲者が出たって。

 たとえ、私たちみたいに、悲しむ人が増えたって。


 ソンナコト、デキルワケガナインダ。


「嘘つき」


 腕の中の温もりが消えた。

 もう手は届かない。

 私は一人になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ