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38 罪と報い8 迫られる決断

 ローザは元の力を取り戻しつつあった。

 全盛期には遥かに及ばない。でも少しずつ呪文を思い出し、精度も上昇し、高速詠唱も成功するようになっていた。


 体調管理さえすれば来年は試験にも合格するかもしれない。そんな希望を抱けるほどまで回復しつつあった。


 体調も良さそうだし、記憶が欠けることもない。

 これまでの不安が全て杞憂だった。そう思えるようになれたら、どんなに素晴らしいだろう。そうなって欲しい。


 いつの間にか眠ってしまっていた。

 物音で目が覚めた。隣で寝ているはずのローザがいない。トイレにでも行っているのだろうかと、しばらく目を瞑っていた。

 ローザは帰ってこない。


 どうやらトイレにもいないようだった。廊下に出ると、窓から外を歩く姿が見えた。慌てて追いかける。庭園の方へ向かっているようだ。


 全力で走る。部屋で待っていた方がいい。心がそんな警鐘を鳴らしていた。目を閉じ、耳を塞ぎ、部屋で息を潜めているたほうが、まだ幸せだ。


 あの時のように。

 ローザに謝ることもできず、ひたすら身を固くして時が過ぎるのを待っていた。あの時に比べれば、今、目を閉じて我慢するなんてほんの少しの時間だ。


 違う。

 私は真実を見るべきだ。

 自分のしたことに責任を持つためには、目を逸らしちゃいけない。

 庭園の中央付近にローザはいた。


 夜の帳が下りたそこにローザがしゃがみ込んでいた。色のない冷たい瞳。その周辺では子鬼が無邪気に飛び跳ねて遊んでいる。ローザが掴むと、ぎゃっと小さな悲鳴が漏れた。


 ぶしゅっ。

 奇妙な音がする。ローザの手の中で、子鬼が全身を砕かれて絶命した。苦しそうに呻き、破裂する寸前、私は目を背けていた。


 異常な光景だった。

 何をしているのだろう。

 知りたくなかった。


 とにかく、あの奇妙な小鬼を一匹残らず消滅させる。見たくない、早く、早く消し去ってしまいたい。高速詠唱で魔法を組み上げ狙いを定める。何よりもそれが安全委員としての務め。


「それはやめてもらいたいものだな」


 背後からの声に、その場から飛びのき魔法を放っていた。光弾は一瞬相手の顔を照らしただけで、空高く舞い上がり四散した。私の魔法は相手には届かなかった。


「そう警戒しなくていい、危害を加えるつもりはない。私は君の味方だよ」


 人間じゃない。闇に紛れ込みそうな、漆黒のゴブリンだ。尖った耳に鋭い目、黒ずくめのローブに包まれている。額には紋章が浮かんでいた。


 権威を誇示するような盾だった。盾に絡みつくツタの紋章だ。背筋に冷たいものがよぎった。


 声はローブの首元にあるボタン辺りから聞こえた。ゴブリンが話しているわけではなさそうだ。


 わざわざ、こんな方法を取っているのは、本人が侵入することで結界に魔力を探知されることを恐れてか。ゴブリン一匹なら警報も作動しない。


 それよりもどこから侵入した?

 結界は修復されている。再度毀損したという情報はない。


「そのような恐ろしい顔をするな。私は彼女の命の恩人だぞ」


「バカげたことを。あれは、何のためにここにいるの?」


 警戒しながら訊ねた。少しでも不穏な動きをしようものなら、こちらから攻撃をしかける。


「見ろ」


 警戒を怠らず、視線だけ言われた方向に移す。

 声が示したのは、闇夜に紛れ込んだ一本の木だった。


 夜間では視認しにくいが、幹や枝の部分に、人の顔のようなものが浮かびあがる奇妙な木だ。細い枝が複雑に絡み合い、しだれる姿が特徴的で薄気味悪い。


 ゴブリンが木に腕を出し、空に向かって伸ばす。動きに合わせて枝が膨らみ、実がなった。その光景はあたかもゴブリンが木を育てているようだった。


 暗闇の中で、黒い塊が枝から落下した。塊は地面でバタバタ這いまわったかと思うと、立ち上がって歩き始めた。


 その様子は、さながら生き物のような木の実といったところか。

 ローザの手が伸びる。塊を掴む。手に収まったかと思うと、塊は弾けて飛沫を散らした。


「魔力を吸収してるのさ」


 声で我に返った。

 戦う気力が失せた。ここ数日におけるローザの変化が腑に落ちた。


 嘘ではないのだと確信した。たまたま、理由もなく、突然体調が回復するなって、そんな都合のいい話はないんだ。


「植えてやったのさ、あの木を。あれはな、土地から魔力を吸いだし、夜になると生育し実として鬼を生み出だす。実を食せば魔力を効率よく取り込める」


 ローザはひたすら鬼から魔力を吸収している。会話が聞こえていてもおかしくない距離なのに、こちらに気づく様子もなかった。


「あれはな、朝を迎えると実は消え、芽に戻る。痕跡を消しながら、魔力を供給させることが可能だ」


「意識が、ないの?」


「朝になれば戻ってるだろう。夜はもうひとつの人格が優位になってる」


 もう一つの人格。

 その言葉に震える。もう一つの人格って何? 問いかけは無用だ。既に答えは出ている。


 心核血晶だ。

 私の動揺を知ってか知らずか声は話を続ける。


「さて、どこまで抗えるかな」


「あの行為をやめさせるとどうなるの?」


「死ぬな」


 鈍い響きが頭の中を嘗めるように這いずり、心臓はガラスのカケラに切り裂かれた。覚悟してきたこと。あの時から、いずれこういう日が来るのだと覚悟していたはずなのに。


 嫌な響きはまだ続く。

 

「一つの肉体に魂は二つもいらん。心核血晶が目覚めるにつれて、弱い人間のほうが希薄になっていく。それが魔転だ」


 ローザが体調を崩し、記憶を失いつつあったのはそういうことか。状況が好転したように思えたのは、この行為のおかげ?


 どんな会話をしているのかも分からなくなってきた。


「魔力を補給していればしばらくは持つ。その先はどうなるか分かんな。人間のほうが消滅するか、それとも魔人となって人間を襲うかだ。この木の実だけで、肉体を維持させ続けるのは不可能だ」


声の主に合わせてゴブリンがケタケタ笑う。


 襲う?

 襲うって?

 ローザが?

 人を?


 私たち一家がめちゃくちゃになったように、ローザが誰かを?

 誰かのお父さんやお母さんや姉や妹を?

 コロス?


 どうするかはお前次第だ。結論を先送りにしてその時が来るのを待つか、決断するか。


 もう聞きたくない。

 軽率な行動が招いた結果とはいえ、この小指に宿った誓いは私には重すぎる。


「時間はそう長くはない」


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