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36 罪と報い6 予兆

 とうとう試験当日だ。

 採点される六項目すべてが高難度なのはもちろんだが、特に受験者泣かせなのは、高速詠唱が絡む「スピード」だ。


 試験官の一人である、水色の髪をした上級生がルールの説明をする。安全委員会統括のエメリアさんだ。


 両足を肩幅に広げて開始線に立つ。扇状に配置された魔法陣を確認した。左に五つ、右に五つ。場所を移動することは許されない。


 濁った空気を吐きだすつもりで、腹部をへこませて、体を弛緩させていく。睡眠をしっかり取れたことが緊張感を和らげ、心に落ち着きをもたらした。


 深呼吸を繰り返すだけで中心に魔力が灯った。調子がいい。唇の動きが加速して、魔法の骨格を形成していく。イメージで補強し、氷としての性質を与える。


 右腕で弧を描く。高速詠唱だから発動も早い。標的を狙う余裕ができる。刃物と化した氷が標的に突き刺さった。左手の操作も順調だ。


 全弾命中だ。周囲から感嘆の声が漏れた。

 練習以上の成果だった。心身ともに絶好調でないとこれほどの結果は出ない。


 自然と顔がほころぶ。小走りで待機所に戻るとローザを発見した。

 パアンとハイタッチを交わした。


 つもりだった。

 ローザの瞳は私の姿ではなく、足元を見つめていた。

 行き場を失った両手を下ろす。


「あ、ごめん」


 慌てて両手を掲げる。私はそっと手のひらを合わせた。


「緊張かな? ぼけっとしてた」


 ローザは口角を上げて「あははは」と言った。


「どうかしたの?」


「別に、どうもしないよ。もうすぐ出番だから、行くね」」


 潤んだ瞳を隠すように、ローザは私の前から立ち去った。

 ローザは私のことばかり考えてる。本当はわかってたはずだった。ローザが呪文を失う兆候は既にあったのに、私はそれに気づかないふりをしていた。


 私は過去の罪から目を背けようとしてたんだ。


 彼女もきっと異変に気付いていた。だからローザは私を心配させないために、別々に訓練をしようと提案したんだ。


 私が万全の状態で試験を受けられるように。だから私も、ささいな違和感に気づかないようにした。ローザの想いを無駄にしないために、私は自分にできる精いっぱいのことをしようとしていた。


 その結果として私は合格し、ローザは不合格となった。





 ローザは高速詠唱の技術を失っていた。

 標的には全て命中させた。一年生にしてはそれでも立派なことだが、スピード項目で評価されるのは、何体倒したかだ。高速詠唱を使用しなければ、合格ラインには乗らない。


「暗記が甘かったな。丁寧に詠唱すれば魔法を使えるけど、高速となるとすらすら出てこないや。レヴィア先生にもそれで注意されたし。まーしゃあないね」


 合格発表後、私はローザの部屋を訪問した。 

 さも大したことではないかのように言いながら、ローザは紅茶を注いだカップに口をつける。


 ごまかしだ。今までできていたことが急にできなくなったということは、心核血晶の影響以外に原因が考えられない。


「体、大丈夫なの?」


「今のとこはね」


「私のために隠してたんだよね。でも、私のことなんて気にせずに頼ってほしい」


 答えずにローザは喉を鳴らして紅茶を飲む。


「私、ファラの足を引っ張りたくないんだよ」


「何言ってんの。そもそもローザは私のせいで……」


「やめて!」


 ローザがカップを叩きつける。


「私はね、あの時死んでてもおかしくなかったの。ううん、きっと死んでた。ファラに感謝してるって言ったの嘘じゃないよ。死ぬのが怖くて怖くて、私はみっともないくらいに生にしがみついてる」


「だったらせめて……泣いてもいいんだよ」


 つい先ほど、必死で涙をこらえていたのを知ってる。夢への一歩だったはずなのに、失敗してもローザは泣かないようにしてた。きっと私に罪悪感を感じさせないために。

 ローザは首を振った。


「ファラのためじゃないよ。私は楽しむって決めたんだもん。みんながあきれるくらいに笑ってやるって。せっかく生きてるんだから、誰よりも楽しんでやる。これから先どんな辛いことがあっても、戦って勝って、笑い続けてやる」


 乾いた笑い声が部屋に響いた。私はローザを抱きしめた。


 楽しもうと思って楽しんだり、笑おうと思って笑ったり、楽しんだり笑ったりってもっと自然なものじゃないの? 


 私にはローザが無理しているように見えた。今の私ができるのはこうすることだけ。


「だからね、ファラ」


 掠れた声で囁いて、親指で私の目元をぬぐう。


「これからは、あのことを後悔して泣いたらダメだよ。でないと私の今の、この幸せな時間が否定されたことになっちゃう」


「わかった」


 額をローザの額に当てる。


「本当に?」


 念入りに、嚙みしめるようにローザが確認する。


「本当だよ」


「じゃあ、約束」


「二人で楽しもう。そして何かあったら……」


 小指が絡む。もうひとつ約束を付け加える。


「私がローザを止めるから安心して」


 ガラスのカケラは、今もまだ胸の奥に突き刺さっている。きっともう抜けることはない。

 せめて彼女の不安を取り除きたかった。


「うん! お願いね」


 ローザはいつもの笑顔で言うと、立ち上がって、明るく手を振った。


「じゃ、ま、そういうことで。私は今日のこと、お父さんとお母さんに報告してくるよ。幸い、星が綺麗な日だしね」


 パタン、と扉が閉まった。その音はやけに大きく部屋に響いた。


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