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35 罪と報い5 入学、出会い、不安

 私たちは無事アルテナ学院に入学した。

 千年彗星が姿を現す年だ。


 入学してすぐ、ローザが面白い子がいる、と話した。世界屈指の魔法使いレヴィアの推薦を受けた少年の話だ。入学後の査定では「透明」との判定。


 剣の腕前は凄いのに、魔法は使えないんだって。ローザの説明に私も興味が湧いた。どうして魔法を使えない子をレヴィア先生が推薦したのかも不思議だった。


 ローザは興味を持った子にはすぐ話しかける。

 話をするようになる。会話の節々から、彼が実戦経験豊富なのは検討がついた。ギルドにも出入りしてる。


 初めての実戦訓練で彼と戦った。高速詠唱で発動させても魔法が当たらない。動きを読まれている。実戦経験のない私の動きを読むことは、彼には簡単なことなのだろう。

 実践経験の不足を痛感した。


 私たちも戦いたい。いくら訓練を積んだところで、戦闘経験がなければ、本当の実力が付いたとは言えない。大事な時に大切な人を守れない。


 よし、見張ろう。ギルドに行くならきっと週末だ。たまたま会った振りして、どさくさに紛れて付いていけばいいんだよ。きっと連れてってくれるって。

 ローザの思考は単純明快だ。


 記念碑広場では久々に笑った。動作にスキのない彼が、こんなにあっけなく噴水に転がった。


 そう思うと、ふっと力が抜けた。私はこんなにも緊張してたんだ。これだけ笑ったのはいつ以来だろう。ずっと気を張ってたから、もう思い出せないくらい昔だ。


 今思えば、この時が最近の私たちにとって最も安らげた時間だったのかな。


 狂った歯車が敷いたレールに乗って、戻れなくなった。いや、そもそもレールに到達するのも時間の問題だったんだ。


 初めてのクエスト。彼が心核血晶を容易く扱う様を見て、私は吐き気がした。


 これだけ手慣れているということは、いったいどれだけの心核血晶を手にしてきたのだろう。私はたった一つの心核血晶に未だ囚われてるというのに。


 三等分の報酬を渡された。私はこんなのいらない。いずれローザも心核血晶となり、金銭でやり取りされるのか。そう思うと眩暈がして、頭がくらくらした。


 おぞましい。分かってる。彼にこんな感情を持つのは間違いだ。でも制御できない。離れたい。


 ローザに手を握られた。走り出す。店じまいの準備をしている屋台の前でぴょんと跳ね、「ソフトクリーム3つちょうだい」と言った。


「私は大丈夫だよ」


 大丈夫? 何が? その笑顔が儚く見えるのは私だけ?


「渡してあげて」


 押し付けられたソフトクリームを両手に持つ。

 ローザは先端を口に含む。


「私はこうして生きてる。だって、こんなに甘いんだもん」

 



 安全委員会の選抜試験が近づいていた。

 試験日四日前。

 ローザの提案で、自分たちの課題に集中するべく、放課後は別々に訓練を行うことになった。


 瞳を閉じて意識を集中する。受験生が躓くのはスピードの項目だ。制限時間内に使える魔法の回数が重視される。威力は関係ない。詠唱の速さと確実性だ。全身の魔力を体の中心に集めて、口元に移動させる感覚。


 魔力の補助により、唇がいつもの何倍もの速さで動き出す。思考も疎かにはできない。呪文の字面を追うだけでなく、意味を理解し、構造化して具体的なイメージへと進展させる。


 呪文による骨組みに、イメージで肉付けをして魔法を完成させる。


 瞼の裏に氷塊を浮かべた。形だけではだめだ。肉付けの作業が半端だと、氷としての性質を有さなくなる。固さは、冷たさは、どういうものなのか細部まで練り上げていく。


 順調だ。氷塊のイメージが完成した後に、詠唱が終了した。


 庭園は学院内でも精神を統一するのに最適な場所だ。自然に囲まれた静謐な空間の空気や音は想像力の根源的な力ともなる。


 近頃は詠唱を終える前に、頭の中で魔法の完成図を描けるようになってきた。もっと速く、もっと明確にイメージできれば、高速詠唱を超え、呪文短縮へと進むヒントになるかもしれない。


 発動までの時間を短くすると、集中できる時間も減る。魔力を練って一か所に集めながら、同時に、使用する魔法を組み上げイメージを作り出し、これらを融合して発現する。


 これらの過程を完璧に行いながら、更にスピードアップをするのは労力がいりそうだ。超えなければならない壁はいくつもある。


 将来的には骨組みと肉付けを並行して行う。それができれば呪文の詠唱を大幅に削減し、キーワードでの発動も可能になるはずだ。


 全行程を瞬間的に終了させる魏実であるキーワードに達するまでは、まだまだ訓練がいる。


 安全委員の試験に求められているのは高速詠唱だ。私もローザも合格水準には達している。焦らず普段通りにすればできるはず。





 試験日三日前。

 部屋に行ってもローザはいなかった。いつも登校は一緒だったから、こんなことは珍しい。用事でもあったのかなと少し速めに歩いた。


 入学してからそれほど時間もたっていないのに、ローザがいないと違和感がある。いつもなら教室に入るまで、隣でローザがとりとめのない話を延々としているからだろう。


 一緒にいることが自然すぎて当たり前のようになっていた。


 生温かい風に砂が巻き上げられる。目を細めた。何だかすっきりしない天気に、心がざわめいていた。曇り空を眺めて、ため息をつく。


 試験日が近づいて神経質になっているのだろうか。風がやんで視野が開けると、ローザが歩いているのを発見した。


 小さな背中を丸めている。私は小走りで追いつくと肩を叩いた。


「おはよう」


「あ……おはよう」


 返事をしてから、ローザはいつものように満面の笑みを浮かべた。


「どうかしたの? 今日は先行っちゃって」


「ちょっと用事があったのを思い出してさ」


「そう」


 無言で歩く。

 どうしたのだろう?

 いつもはこちらが口を挟む間もなく話し続けるのに。

 何か考え事をしているように上の空だ。


「今日は風が強いね」


「うん、そうだね」


「特に砂が飛んでくるから、目開けてられなくって」


「そうだね、飛んでくるね」


「訓練の調子はどう?」


「えっ、わっ!」


 足をもつれさせてローザは、その場に座り込んでしまった。


「あははは、試験が迫ってきて緊張してんのかな。昨日あんまり寝てなくて、頭ぼーっとしてるんだよね」


「だったら、今日は一緒に寝る?」


「大丈夫だよー。余裕かまして、本番で失敗しても知らないぞ」


 差し出した私の手を取って立ち上がると、ローザは服についた汚れを払って、両頬を叩いた。


「朝からドジッちゃったよ。お昼ご飯のことばかり考えてたからかな、うん」


 言い訳のようにローザは言った。




 試験日前日。


「おはよー」


 扉を開けた途端にローザが飛び込んできた。今までは私が迎えに行っていたのに、ローザが私の部屋へやって来た。


「とうとう明日が試験だけど、調子はどう?」


「そうだね、調子いいよ、ローザは?」


「うん、私も……」


 ローザは相槌をうつ。


「調子いいよ」


「二人で合格しようね」


「平常心を保てれば問題ないでしょ」


 ローザは枕を抱きしめる。


「今日一緒に寝よっか」


 目を合わせずにローザが言った。


「どうしたの? 最近は私が誘っても断ってたのに」


「そうだけど、ファラは試験の前日になると眠れないタイプじゃん? ちゃんと寝ないと全力出し切れないよ」


「ローザだって同じタイプでしょ」


「私のことはいいの。で、どうする?」


「わかった、今晩行くね」


 本当にローザは私のことばっかり考えてる。

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