34 罪と報い4 夢の世界とガラスのカケラ
夜はローザと同じベッドで寝ることにした。食事もお風呂も、寝るときまでローザがいるなんて、今となっては不思議な感じ。二人で横になったものだから、狭く少し窮屈に感じた。
もちろんすぐに慣れた。もともと私たちは二人で一人のようなもの。体を寄せ合うことに違和感はない。
部屋を満たした暗闇の中で、私たちはお互いを見て、くすくす声を立てた。
私を笑わせてくれると言った。
ずっとニコニコしてるけど、本当は誰よりも人のことを気にかけている。いつも自分のことより私のことを思ってくれる。
ローザがいれば私は笑顔でいられるはずだ。
「あのね」
内緒話をするかのようにローザが囁く。
「私、したいことがあるんだ」
「何をしたいの?」
「私、魔導士になって、騎士団に入る。それで私たちみたいな人を少しでも減らしたい。それが私の夢」
まったく……
どうしてこうも考えることが同じなのだろう。
少しでも私たちのような境遇の人が減るように、お父さんとお母さんが私たちを救ってくれたように、人を守れるような仕事がしたい。そのために私は学校の宿題の他にも、独学で魔法を勉強している。
私たちはそれぞれ自分たちのことを語り合った。
「じゃあさ、アルテナ学院を目指さない?」
魔法の名門校だ。魔導士という目標を得たときから興味はあった。
各地の優秀な生徒がアルテナ学院を目指す。高い水準で競い合えるのは魅力的だった。
「それに、寮もあるしさ。また……一緒にいられるようになるよ」
失ったものが大きすぎたのか、私たちはお互いを求めるようになっていた。おじさんとおばさんには感謝している。でも残された家族の側にいたいというのも自然な感情だと思う。
入学するには相当の努力がいるが、目指す価値はある。将来の目的に合致しているならなおさらだ。
私はローザの提案に賛成した。
アルテナ学院ならば実戦的な魔法を学べる。学院外にも知られた安全委員会という治安維持組織もある。試験に合格できれば、騎士団へのステップにもなる。
人を守るという夢への近道にもなる。
戦いは唐突だ。私たちは嫌というほど知らされた。
結果はあとからついてくる。今は目標に向かって進むことだ。
夢が叶うまで、がんばろうね。
互いの指を絡ませ、上下に振った。励まし合ったり、競い合ったりして成長していくんだ。私たちはいいライバルになれるはず。
人を守る魔導士になると決めたんだ。
ガラス細工を壊さないように、そっと手のひらで覆って覗いたこの夢の世界は、きっと何よりも輝いている。
それは私たちの願いが詰まった世界。
「だからね。私がもし、おかしくなって人を襲うようなことをしたら……」
どきどきするような、わくわくするような、私の胸の中に湧きあがったそんな希望は、ローザの言葉によって砕け散った。
「ファラが止めてね」
ガラスが割れた。尖った破片が胸を突き刺す。
コロシテネ。
私にはそう聞こえた。
あえて直接的な言葉を避けたように感じた。こんなときまでローザは優しい。だんだんとお互いの考えていることが伝わるようになってきたみたいだ。これを魂の共鳴とでもいうのだろうか。
「うん」
はっきりと。
私はローザの目を見つめて答えた。
どちらからともなく、小指を絡めた。
そんなことあるわけないと否定したい気持ちはある。
でも逃げ出すわけにはいかない。自分がしたことの責任はとらなければならないんだ。
ありがと。
ローザは安心したように言った。
私は約束を守るために、心も体も強くならなけらばならないんだ。それはきっと夢にもつながるはずなんだ。
学校でも本格的に魔法学の授業が始まった。まずは座学からだ。概要から各論、呪文へと進展させていく。最初は簡単に覚えられる呪文からだ。呪文が長くなるにつれ、威力も増し複雑な効果をもたらすこととなるが、これらは高等部へ進学してからの話だ。
基礎の呪文を理解し、暗記できたころになると、実習も並行して授業を進めることになる。呪文の意味を知り、イメージを構造と結びつけ、体内の魔力と融合させてようやく発動する。
呪文の理解と暗記が基本だ。
私やローザは、身近にお父さんという専門家がいたこともあって、魔法の素養があったようで、呪文の理解にも暗唱にも支障はなかった。
長期の休みや月1回会うときには、成果を確かめあったり、意見を述べたりして競い合った。
庭に標的となるものを置いて、命中できるように練習をした。成功すれば遠くに離れて難易度を上げた。
単純に距離を取るだけではない。角度をつけても中心を射抜けるように魔力を制御したり、わざと視界不良にするために物陰から的を狙ったり、二人でいろんな場面を想定しながら練習した。
見事に打ち抜いたときはハイタッチを交わす。
パン! と鳴る音は達成感をもたらしてくれた。試行錯誤の末に成功して響く音は、よくできましたというご褒美のように感じられた。
楽しんで訓練したことがよかったのだろう。卒業する頃になると二人は、お互いの学校でも一、二を争うほどの腕前にまで成長し、高等部で身につけるはずの高速詠唱の技術までも扱えるようになっていた。
両親をなくしてから、一番満たされた期間だった。
私だけではなくローザも同じ想いを共有してくれていた。
「私、幸せだよ」
夕暮れのオレンジ色に燃える太陽のもと、ローザは言った。