33 罪と報い3 二人で買った髪飾り
「あー泣いた。これだけ泣いたのって初めてだ」
お互い、思い切り泣いたあと、ようやくローザは体をどけてくれた。
泣くだけっていうのもけっこう疲れる。
「私も初めて」
ローザに手を引かれて立ち上がる。
「あ」
と声を漏らしてしまった。
「これ?」
私を見上げて、ローザは手を広げた。
二年前の彼女がそこにいた。
私たちはずっと身長も体重もほとんど同じだった。私は、胸が膨らみ身長も伸びたから、心のどこかでローザも同じくらい成長しているものだと思っていた。
変わっていない。
時間が止まってしまったかのように、ローザの体は小さいままだった。
「あー、もう泣くのはナシね」
私の前で手を振って「やめてね」と念を押す。
「ずっと同じ早さで発育するとは限らないよ。成長はしてるんだよ。身長だって少しくらいは伸びてる」
「でも、もしかすると……」
あれが原因?
「だ、か、ら」
人差し指で私の鼻を叩く。
「考えても分かんないんだから、いちいち暗くなってどうすんの。まだあれから二年だよ? これから成長したって全然おかしくないよ」
「それはそうだけど」
「それよりも……」
ローザが悪戯っぽく笑う。
胸を触られた。
「ファラはいい感じになってきたね。さっきも泣きながら、おっぱいに顔こすりつけちゃったよ」
「ちょ、ちょっと」
「なんてね」
好きなように揉みしだいて、ローザはぱっと手を離した。
「久々に会ったんだから、外へ行こうよ」
外を散歩しながら何を話したんだろう。
ローザの手は温かい。
人の体温はこんなにも、心を安からにするものだったのだろうか。
春の日差しを浴びた街では、色とりどりの花が咲き誇っている。赤やピンク、黄色や水色の花を見つけるたびに、ローザが私を引っ張っていく。振り返って微笑みかけてくれる。
この街って、もっと灰を被ったような色をしているものだと思っていた。こんなに鮮やかな色彩を帯びていたなんて知らなかった。
深呼吸をした。花の香がする。私たち、生きてる。
他愛もない話をした。ローザは身振り手振りで、私に楽しく話をしてくれた。
道端で猫を見つけると、鳴きマネをしながら近寄った。繋がれた犬にちょっかいをかけようとして吠えられる。
そういえば、昔は二人でよくこんなことをした。
光に照らされたローザの顔はなんだか眩しかった。
「ファラってさ」
ローザが顔を覗き込む。
「ん?」
できるだけ優しく聞き返した。
「昔はもっと……」
「なに?」
「ううん……」
そう言って黙り込むと、唇に人差し指を当てた。
「しーっ」
無言で私の手を引く。小鳥がきょろきょろしたり、首を傾げたりしてエサを探している。
ローザが飛び出した。
「わっ」
小鳥に向かって大声を発する。
びっくりした。
ローザは、驚いて飛び去ってしまった小鳥を見て笑っている。
私は目を丸くしていた。ローザは私の様子を伺って考える素ぶりをすると、「あれ食べよう」と言って私を連れていく。
ソフトクリームだ。お互いがお金を出すと言い張り、結局それぞれ、自分の分だけ払った。
冷たい。ソフトクリームを食べたのは久しぶりだ。甘くておいしい。昔はよく食べたなあ。ローザが頼んだのはストロベリーで、私はバニラ。二人でベンチに座ってペロペロ舐めていた。
「んー、冷たくておいしいよー」
「そうだね」
「ね、一口ちょうだい」
「いいよ」
バニラを差しだすとローザはぱくりとかぶりつく。
「おおー、これもおいしいね。ファラも私の食べてみて」
ストリベリーを突き出したローザの鼻には、ソフトクリームがついていた。
それだけじゃない。口の周りにもつけて、白い髭を生やしたお爺さんみたいだ。よくそれでお母さんにも注意されて、ハンカチでごしごし拭かれていたっけ。
笑っちゃいけないと思うと我慢ができなくなった。
「っ……」
だってこの顔は、私にとって笑いのツボなんだもん。お腹の底からこみあげてきて、私は笑い始めた。
ローザはきょとんとして、私を見ていた後、ようやく自分の顔に気づいたらしく、一緒になって笑いだす。
私はお腹を抱えながらローザの口を拭った。
「やっと笑った」
ローザは目元を拭いながら言った。
「え?」
「気づいてなかった? 私、今日まだ一度もファラの笑顔見てなかったんだよ」
「そ、うかな」
言われるまで忘れてた。ずっと忘れてた。私がまだ笑えるってことを。
今日は泣いたり笑ったり忙しい日だ。
「そうだよ、昔はいつも二人そろって笑ってたのに。でも、これからは……」
ローザの小さな手が私の頬を包む。
「私が笑わせてあげる。ファラのことをずっと笑わせてあげるからね」
体が軽くなった。ローザと一緒に走った。離れ離れにならないように、ぎゅっと手を握った。心臓がドクドクと胸を打っている。私は大きく息を吸った。これが楽しいってことなんだ。
二人で露店を見て回る。おもちゃ、飾り、魔法の道具を売っている店もあった。
どちらからともなく武具屋の前で足を止める。剣やマントなどが並べてある。
いつの間にかこんなところまで来てしまっていたようだ。武器や防具は、一般の店とは異なる区画で販売されている。はしゃぎながら、奥まで入り込んできたらしい。
「行こ」
ローザに引かれて、来た道を戻り始めた。
私やローザが住む地域では、もうすぐ魔法を学ぶ授業が開始する。お父さんが教えていた魔法。
数年後の私は何をしているのだろう。進路が違えば、ローザとこうして会うことも少なくなるのだろうか。また離れることになるのだろうか。
「ねえ」
ローザが店の前で立ち止まる。
「どうしたの?」
「これ」
ちりん。
ローザが鈴を鳴らした。
ピンク色の小さな鈴だった。春に咲く花を模したその鈴は、音だけでなく姿でも私を魅了した。
春は私たちにいろいろなことをもたらす。嫌な思い出がある季節なのに、嫌いにはなれない。いい思い出もたくさんあるから。
吹き抜ける風に、鈴が揺れる。
お金を払って、髪につけた。
「どう、どう? 似合う?」
ローザは左側に鈴をつけて、意見を求める。
「うん、かわいい」
「ファラもいい感じだね」
ローザが左側、だったら私は右側だ。
お互いにいろんな角度で見せあって感想を述べる。
「これで、離れていても一緒だよ」
ローザが言った。
「会えなくたって、これがある限り私たちは、ずっと一緒だよ」
ちりん、とローザの鈴が鳴った。
「ほら」
夕方、暗くなり始めた頃、ローザが示したのは私たち家族の星。まだ、はっきりと確認できないけど、もうすぐお父さんとお母さんと私とローザの星が輝き始める。
「うん、ずっと一緒」
こつん、と互いの額をぶつけた。
そう。
私たちにはそれぞれの生活があるんだ。