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32 罪と報い2 会いたい

 何が起きたんだろう?


 いろいろ聞かれたけど、まともに答えることはできなかった。突然街に現れた魔獣を討伐寸前に取り逃がした、との説明を受けた。


 心核血晶を探していたが「分からない」で押し通した。


 ローザは病室でずっと眠っている。あれから血は止まり、ケガは修復していった。命に別条はないとのことだった。


 命が助かって良かったはずなのに、とんでもないことをしてしまったという後悔が私の心を抉る。


 魔転者。魔族に心を侵食された人間。お父さんの部屋で、そう書いている本があった。

 心核血晶が人の肉体に宿り、意識を奪い取ることがある。


 そんなことが起きてしまったら、今度はローザが治安維持のために狙われる。

 中傷され、化物として扱われる。

 何よりローザがあの魔獣と同じように人を襲ったら……


 そう考えると怖くて怖くて、ローザと顔を合わせることなんてできなかった。


 逃げてるばかりだ、私。

 一人だけ安全なところにいて心配してるつもりになって、そんなのずるい。


 私たちは別々の親戚に引き取られることになり、離れ離れになった。結局一言も話をすることはなかった。当然だ。ローザは私を憎んでいるのだから。


 別々に暮らすようになって、どこかほっとしている自分がいた。

 なじられるのを覚悟していたのに、別れるまで何事もなかった。

 ローザの影に怯える日々がなくなった。


 ずるいな、私って。


 それから一年が過ぎた。


 授業が終わり、家に帰り、宿題をして、星空を眺めて、食事をして、お風呂に入って、布団を被る。

 光を失った夜の闇はまるで私の友達だ。


 朝起きて、学校へ行って、授業を受けて、家に帰って、勉強をして、外を眺めた。


 季節は冬になっていた。


 庭で小鳥がさ迷い、何かを探すように歩き回っている。窓を開けると小鳥はよろめきながら、慌てて翼をはためかせて空へ舞いあがった。私はベッドに横になって食事の時間まで眠った。


 翌朝、また小鳥がいた。

 フラフラしてた。パンをあげた。食べてた。


 家に帰って、勉強をする前に庭を見た。

 死んでた。


 机に座って勉強を始める。頬杖をついて顎を乗せ、ペン先で机を叩く。字を書き間違えて、思い切り黒く塗りつぶした。


 私は庭へ飛び出していた。両手で小鳥をすくい上げると庭の隅に穴を掘って、そっと横たえた。土の中は温かい気がした。土をかぶせた。


 私、まだ感情があるんだ。

 部屋へ戻ると、勉強道具を払いのけ、引き出しから紙を取り出した。


 ずっと書けなかった。


 怖くて怖くてそのままにしていた。ずっと逃げてた。でも、それじゃダメなんだ。ローザに何かあってからじゃ謝ることもできない。


 恨まれても、罵られても、私はローザに償わないといけない。許してもらえなくたって、ずっと謝り続けないといけないんだ。


 書き続けた。今まで書けなかったことが信じられないくらい、たくさんのことを手紙の上で吐露した。ずっと怖くて話せなかったこと、謝らなければならないこと。


 食後も、お風呂に入った後も、ペンを走らせた。

 最後の挨拶をしてペンを止めた。急に指が震えだした。持っていられない。反対の手で手首をつかみ、震えを止めた。


 ペン先が紙に触れる。


『会いたい』


 やっと書けた文字は不格好な形だった。





 返事は来ない。

 わかってたこと。許してくれるわけがない。

 私がローザを呪われた体にしてしまったんだ。


 自分のために。家族を失いたくないために。

 一人きりになりたくないために、ローザを取り返しのつかない体にしてしまった。償いすらさせてもらえない。


 これが私の罰。


 食事の時間。着席。おばさんが口を開く。


 え?

 今、なんて?


 聞き返した、もう一度聞き返した。何度も、何度も、確認した。


 ローザが、来る?

 本当に?

 会えるの?

 あれから二年。ローザと会える?


 ローザからの提案だっておばさんは言ってた。今までも会わせようという話は出ていたけれど、二人の様子を見て、白紙に戻していたとのこと。


 今回はローザからの申し出で、うちに来ることになったそうだ。


「あ、ああああ……」


 声が漏れた。

 よかった。書いてよかった。逃げずに、勇気を出して手紙を書いてよかった。


 やっと謝ることができる。許してくれなくたっていい。私はとにかくローザに謝りたかった。


 春になったら会える。待ち遠しい。


 前日は寝付けなかった。何を話そう。今までのこと、これからのこと。どんなふうに変わってるかな。


 許して、くれるかな?


 そんな希望を持ったらいけないかな。

 当日になると朝から部屋を歩き回っていた。何をしても落ち着かない。


 馬車が玄関に到着した。


 今だ。

 このタイミングで出て行ってもおかしくないよね。会ったらなんて言おう。目合わせてくれるかな。二年たっても、私だって気づいてくれるかな。


 ドアのノブを回して引く。

 押し倒された。


「ばあ!」


 私に乗りかかって、舌を出したのは見慣れた顔。


 ご……

「ごめんねえ」


 自然と出た言葉だった。

 やっと、言えた。ずっと言いたかったのに言えなかった言葉。

 目の奥が熱くなって、こらえきれないものが頬を流れた。

 私、泣いてる。


 そういえば、ずっと泣いていなかった。

 お父さんとお母さんが死んでからも、ずっと泣いてなかったんだ。


 私、泣けるんだ。


「なになに、何で泣いてんの?」


「だって……」


「もう。どっちがお姉ちゃんなの」


 ダメだ。

 止まらない。

 声も……こらえきれない。

 嗚咽を堪えるのを、諦めた。


「何で泣くの? そんなことされたら私だって……」


 涙で顔が見えない。ローザも声を上げて泣きだした。


「ごめんね、私のせいでごめんね」


 とにかく謝った。抱きしめられた。私も背中に腕を回した。


「悪くないよ。ファラは悪くない。だから、謝らないで」


「だって、私が……私のせいでローザが……」


「違うよ、私は感謝してる。ファラのおかげで私は死なずにすんだ、ありがとうね。本当はもっと早く言うべきだったんだ。でも、怖くて……」


 ローザは私の胸に顔を埋めた。


「私のせいでお父さんとお母さん死んじゃったからファラに会うのが怖かったんだよ!」


 心の奥底のものを吐き出すようにローザが叫んだ。

 ローザのせいなんかじゃないのに。


 バカだ、私たちって。

 初めからちゃんと話していればよかったんだ。


 お互いが少し勇気を出していたら、もっと早く、こうして分かり合うことができていたのに。


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