30 隠し続けていたもの
ずっと寝ていたのか、あまり寝ていないのか、その判断すらできない。
暗がりの部屋で天井は月明りを反射し、おぼろげな光に染まっていた。時間の感覚が狂っている。まだ朝じゃないのか? そんな疑問がよぎった。さっき目覚めたのも夜中だったのに。
体が重い。仰向けになっているのが苦しくて、寝がえりを打った。背中がひりひりする。だるい。
右肩を下にして寝ると、甘い香りがした。匂いは枕から漂ってくる。まるで女の子を抱きしめているようだ。くんくん鼻を鳴らしていると「何してるの」と話しかけられた。
「枕の匂いを嗅いでる。くんくん」
そう答えると枕を取りあげられた。
「あっ、俺の枕」
「私のです」
ベッドの脇にあるイスに座ったファラは、枕を腕に抱く。
まだ眠気が残っている。瞼が落ちる。ゆっくりまばたきをして、自分がベッドで横になっている事実を確認した。昼間は時計塔での戦闘、さっきは……と思考を巡らし舌打ちした。
月光を背にして立ち尽くすローザの姿が浮かんだ。
闇夜に目が慣れてくると、月明りにファラの表情が浮かんだ。
目が充血して、瞼が腫れている。
「いやいや。枕返せよ」
「私のだってば」
少しファラが笑った。そうだ、彼女は、彼女たちは笑っているのが一番いい。
「一人で連れてきたのか? 力持ちだな」
「浮遊魔法を応用して引きずれば、少ない魔力で運べるよ。それでも重かったけど」
「そういえば、昼間も使ってたな」
時計塔のイズルを補助した魔法だ。一人を空中に浮かべるほどの魔法だ。魔力消費量は激しい。
「うん」
ファラが頷く。沈黙が流れた。
枕がなくなったおかげで、頭の位置が低い。イズルは頭の下に手を入れた。
「ごめんね」
「何が?」
「私のせいでケガさせちゃって」
ファラはイズルの頭に枕を差し込む。
「ケガしなかったか?」
「してないよ」
「なら、それでいい」
ファラの頭に手を置いた。半身を起こしたところで倒れ込み、息をついた。背中へのダメージが残っているのか、体がベッドに縛りつけられる。
「私のことなんて放っておいてくれて良かったのに、イズルがケガする必要なんてなかった」
「かわいい女の子を守るのはオレの使命だからな」
「私が? そんなのおかしい」
「おかしくなんかない」
「あの子がいないとね、私は笑うことさえできないんだよ」
聞き逃してしまいそうな声音だった。イズルは体を横たえ、彼女の震えを感じていた。ファラは布団の上からイズルの胸に顔を埋めた。
「私のせいなんだよ、ローザがあんなふうになっちゃったのは」
そう言ってファラは、窓の外で煌めく星を眺めて、話し始めた。暗闇に沈む彼女の影は、隠し続けていたものを吐き出そうとしているかのようだった。
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