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28 時計塔の攻防3

「あー、しんど」


 全身の力を失ったかのような疲労感が重なる。上半身は重い荷物を背負っている感覚、下半身は足の踏ん張りが効かない。


 どのような過程で魔法を完成させたのか、イズル自身も思い出せなかった。過去に自分が持っていた感覚で魔法を発動したことだけは分かった。


 意思縛りの効力は他人だけでなく、自分にも効果が及ぶということだ。

 瓦礫が崩れ、階段を転げた。煙が割れた窓を抜けていく。


「な……」


 少年のかすれた声は、音の潰えた空間に飲み込まれた。


「なんだよ、これは!」


 拳を握りしめ、ようやく吐き出した。


「こんな低レベルの魔法が僕の魔法を無効化するだと。そんなの信じられるか!」


 現実を拒むように奥歯を噛みしめる。先ほどまでの嘲笑はなかった。


「いや。それがこんなこともあるんだって」


 イズルは補習の内容を思い出す。


「強固なイメージで魔法を組み上げれば、上位魔法を凌ぐこともある。だったっけ? お前も勉強しろ」


「お前が消したのは、この僕の、魔人の魔法だ! しかもただの人間であるお前がだ」


「よし、この話は終わりだ。お前の話なんぞ聞きたくない」


 一方的に会話を打ち切り、イズルは剣を構えた。


「何を企んでる? 二人の様子がおかしいのはお前が原因か」


 少年はイズルを見返す。黙ってろと言ったら話すし、質問すると答えない。面倒なヤツだ、とイズルはため息をつく。


「それとも『父上』か?」


 魔人アルフレッド・ベイル。心核血晶を取り込み、魔人化したとアルフレッドと同じ紋章を、この少年は持っている。そして焦げた臭いに混じって鼻腔をくすぐるのは、獣の臭いだった。


「父上……ね。あれが父上なのかどうか」


 もう僕には分からない、少年が呟く。


「ただ僕はあの人の望むことをするだけだ。心核血晶だろうと、この街の混乱だろうと、人の命だろうと」


 階下に石の転がる音が響いた。

 微かに少年が肩を動かしたのをイズルは見逃さなかった。握る柄に力を込めた。


「お前はあの女を殺せるか?」


 少年の言葉がイズルの思考を切断する。


「いや……」


 違う、とでも言うかのように少年は首を振る。

 視線が、合った。


「殺して、やれ……」


 言いながらも、自分の言葉が意外であったかのように少年は瞠目した。それも束の間だった。意志の光が宿り、指先に魔力が迸った。


 イズルの反応が遅れた。足元が崩れる。

 魔法陣を利用しての瓦解が狙いだと見破ったはずだった。最後の言葉に惑わされた。足場を失い、少年の姿が遠ざかった。


 少年は壁際の手すりを掴んで、落下するイズルを眺めながら勝ち誇った笑みを浮かべた。逃げられる。攻撃手段を探し、とっさに腕を振り下ろした。


 剣が少年の額に突き刺さった。驚きの眼差しをイズルに向ける。その瞳に血が流れ込む。

 お、とうさん。

 唇はその言葉を辛うじて紡いだ。微笑んだように見えた。


 イズルには、その真意は伝わらない。

 少年の手足が粒子となる。霧へと変化した。沸き立つ砂ぼこりが霧を覆いつくした。


 差し込む光が粒子を煌めかせた。少年がいた場所は、壁に突き刺さった剣だけが残った。


 イズルは息を吐き目を閉じた。重力を感じる。空気の中に体が沈んでいく感覚だった。


 落下するにまかせ、体を翻して最下層に降り立った。足元がよろめいた。遅れて、黒を纏う深紅の石が到達した。捉えて手に収める。少年を象っていたであろう心核血晶だ。


 イズルは無造作に腰袋に放り込んだ。


「それ、どうするつもりなの?」


 入口で待機していたファラが問いかけた。

 声音に険を感じイズルは首を傾げる。


「ギルドで売るか。在庫不足だって言ってたし」


「これからもそうするつもり?」


「そうだな、学費の足しにもなるし」


「そう」


 小さく頷き押し黙る。言いたい言葉を押し込んだ。イズルはそのように受け取った。

 まただ。口には出さなくても、彼女からは拒絶感が染み出す。


「言いたいことがあるなら言え」


「別にない」


 顔を背ける仕草は、自身の言葉を否定している。


「これをいいことだとか、悪いことだとか、オレにそんなことを求めるな。オレはそんなに素晴らしい人間じゃないぞ。依頼を実行して、命を張った対価として心核血晶を得る。それ以上でもそれ以下でもない」


「私は悪いことだとは思わないよ」


 ローザが割り込んだ。

 ファラは首を跳ね上げる。何かを言おうとした。ローザは遮るように声を発する。


「人に害をなす存在がいるなら排除するのは当たり前。その結果得られるのが人の助けになるのなら利用すればいい。そうして泣く人が減るのならそれでいい。ファラは違うの?」


 息を継がずに言い切った。反論を許さないというほどの強い意志を感じさせるほどのものだった。雰囲気を読み、明るく振る舞うことが多い彼女には珍しく、問い詰める口調だ。


「そういう意味じゃ、ないよ」


 ファラは視線をそらした。俯き、それきり口をつぐむ。

 床に右足の爪先をこすりつける。キラキラと埃が乱反射する。


 戦闘行為で割れたガラスが散乱していた。刃のように尖った破片が光を跳ね返して、美しく輝いていた。ファラは最も強い輝きを持ったガラスを探り当てると、破片を拾い上げた。鋭く尖った箇所にそっと指先を当てる。


「危ないぞ」


 放っておくと指を裂いてしまいそうだ。イズルは取り上げ床に捨てる。


「まあ、落ち着け。二人とも眉間に皺を寄せてると可愛い顔が台無しだぞ」


 この状況ではあの少年との会話について詳細を訊ねるのは難しそうだ。イズルは次の機会を待つことにした。


 ローザは呆れたように肩を竦めた。その動作を合図にして、頬がほころぶ。


「イズルはそうやってすぐ茶化すんだから」


「事実を言ってるだけだ」


「そういうとこ、助かるけどね」


「ほら行くぞ」


 ローザの手首を持つ。彼女の手のひらはハンカチでくるまれている。ケガは魔法の衝撃によるものだ。

 逆の手はファラに触れようとして、空を切った。避けるように距離を開け、塔の扉を開く。ファラの背中は屋外へ消えた。


「嫌われた」


「ファラは優しいだけだよ。すごく優しい。でも、そんなんじゃダメだ。もう時間がない」


 ローザは顔を伏せ、髪を掴んだ。


「約束、したのに」


 隠れるようにイズルの胸に額を預けた。体が強張り、震えていた。イズルはふわりと肩に手を置く。


「どうした。何かあるなら、オレを頼ればいいんだぞ」


 ローザは首を振る。力が抜ける。震えが止まった。


「私たちの問題だから。誰かを巻き込むわけにはいかない」


 胸を押して、軽やかに離れる。いつもの笑顔だった。


「帰ろ!」


 ローザは扉を抜けて、夕陽に溶けた。

 結局のところ、ガルドがこの依頼を隠し、放置している直接的な理由を見つけることはできなかった。


 ただアルフレッドが、息子を利用して、時計塔まで勢力を伸ばしていたことは情報として得られた。


そして、アルフレッドの屋敷を監視しているはずのガルドからは、そのような情報は伝わってこなかった。

 イズルは鼻を鳴らす。


「あー、獣臭い」


 イズルにはやけに、時計塔が獣の臭いで溢れているように感じた。

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