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27 時計塔の攻防2

「悪かったな」


 迂闊だった。連れてくるべきではなかった。

 手を握るとローザは顔をしかめた。手のひらの皮が剥げ、血が噴き出していた。


 耐久力を上回るほどの魔力を放出したのだ。これだけのケガで済んだのは幸いだ。


「やめて」


 彼女の声音はイズルの謝罪を拒絶するほどの強い意思があった。

 直後、すぐに頭を振って否定する。


「あー違う。これじゃない」


 笑顔になった。


「調子良すぎて、ちょと暴走しちゃったかな」


 あははは、いつものように笑う声は小さかった。

 イズルは彼女の額を流れる汗をぬぐった。


「こんなの……すぐ」


 ローザは肩にしがみつく。

 手の痛みに耐えながら立ち上がろうとする。


 治る、から……

 だから。連れて……って。

 ローザの体が崩れ落ちた。


「あら、やっぱ、ちょっと疲れたみたい。体の自由が利かないや」


「ファラ!」


 気配を感じた。体を支えながらイズルが叫んだ。


「わ、私……」


 ファラは怯えるように肩を抱いていた。呆然として虚空を見つめている。その瞳には何も映っていない。


「危ないから外へ出てろ」


 イズルは二人を外へ追い出そうとした。

 彼女たちを背中に隠す。


「順調そうだ」


 声が降った。細く、高い調子の声だった。ゴブリンが消え、静けさの戻った時計塔で、その声は存在感を持って反響した。


 最上階、手すり越しに見下ろす、少年の姿があった。


 肌は壁面の星空に溶け込んでしまうかと錯覚するくらいに青白く儚げだ。割れたステンドグラスから差し込む光にさらわれてしまいそうなほどだった。


 風にさらされ、髪が灰のように舞う。漆黒の服は時間の経過を思わせ、ほころびが目立つ。


 空気が張り詰めた。瞳に感情の色を探り当てることはできない。口角を鋭く突きあげるその仕草が酷薄な内面を連想させた。


 こいつか。時計塔に魔法陣を配し、ゴブリンを指揮した張本人。翼のように広がる魔力が証拠だ。


 静寂の中、時が刻まれる。イズルの目は少年を捉えたまま離さない。ローザに意識を向ける。外へ連れ出す隙がなかった。


「やはり君は僕たちの側へ来るべきだ」


 僕たち? 何を言っている?

 イズルに疑問が浮かぶ


「あなた、なの?」


 ファラの声は震えを帯びていた。恐怖とも戸惑いともとれる声音。固く拳を握りしめたのは心の動揺を抑えるためか。


「僕の役割は」


 壁の魔法陣からゴブリンが首を出す。光の渦から魔物が吐き出された。


 少年はゴブリンの胴体を握りしめ、手すりに乗った。見せつけるように、吹き抜けに腕を突き出した。

 小さな悲鳴が上がる。ゴブリンは、締め付ける指から逃れようと体をひねらせて這い上がろうとする。


「この準備。君たちを救う鍵だ」


 ファラが息を飲む。彼女の動揺はイズルにも伝わった。


 押し潰され、黒い煙と化したゴブリンは、少年の手の内に吸い込まれていった。魔力を吸収している。少年は恍惚とした表情で深く息を吐く。


「どういう意味だ」


 回りくどい言い方をしやがって。


「君には関係ない話だ。そうだよね」


 イズルの質問に答え、少年は同調を求めた。


「それは」


 ファラは言い淀む。微かにイズルへと視線を移した。目が合いそうになると彼女は瞼を閉じた。


「ということだ。部外者は引っ込んでてもらおうか」


「うるさい」


 彼女たちが、何かを隠して、何かに怯え、必死に笑顔を繕うことにお前が関与しているのか。

 原因の一端に、お前がいるのか。

 イズルは立ち上がる。


「分かったら、彼女たちを置いてここから立ち去るがいい」


「それ以上ペラペラしゃべるな」


 なら、その障害物を取り払えばいい。

 その決意に、少年は眉を顰めた。


「オレに関係なかろうと、オレが部外者だろうと、そんなこと知るか。オレはオレのやりたいようにやる」


 理屈はいらない。初めて彼女たちを連れてクエストに行った時のことを思い出した。記念碑広場の噴水で見た笑顔は、遠い昔のようだ。


 彼女たちがあの笑顔を見失っているのなら、オレはそれを探し出して、そっと差し出すだけだ。


 イズルにとっては、それだけで戦う理由になる。


「それが彼女たちを追い詰めることになってもか」


「黙ってろ」


 少しずつ蘇ってくる。左眼の使い方を。オレはどんな魔法を自分に、左眼に施したのか。

 記憶が繋がり始めるのをイズルは感じた。


「分かってないのか。魔法陣が残ってる限り、ここを支配しているのは僕だぞ」


「もういい。好きなだけしゃべってろ」


 強制的に黙らせる。

 イズルは結界石を取り出した。

 噴き出すのを我慢するかのように、少年の口角が緩む。


「それだけで、ここまで到達できるかな」


 結界石を投げ捨てた。石は転がり、ファラの膝に当たると光を発した。光はローザを含めて二人を包み込んだ。これで巻き込まれる危険性が減る。


 その行為を目の当たりにし、軽やかであった少年の声に怒気がはらんだ。


「何のつもりだ」


「見たら分かるだろ。二人がケガでもしたら大変だ」


「まずは自分の身を心配したらどうだ」


「オレのことは後でいい」


 切っ先を最上階に向けて突き付ける。

 予期せぬ討伐対象の登場だ。


「また割増料金だな」


 今回は吹っ掛けてやる。難関クエスト料金だ。

 螺旋階段に飛び移る。


「身軽だな」


 少年の手が光ると、壁の魔法陣からゴブリンが引き出された。2匹、3匹と階段に降り立つ。ゴブリンウィザードを呼び寄せ、物量で押し切りつもりだろう。


「そうか」


 思い出したように頷く。


「父上と見たのは、君か」


「父上?」


 輝く手の甲には、紋章が刻まれている。ベイル家を象徴する盾とツルは、皮肉にも荒廃した屋敷の現状を思い浮かばせた。アルフレッドの屋敷の門にあったものと同じだ。


 前回の庭師との戦闘は街と屋敷の中間、今回の時計塔は街中、中央市場付近。屋敷の当主アルフレッド・ベイルの勢力はここまで伸びていたようだ。


「そうか、アルフレッドが噛んでるのか」


 イズルは地を蹴る。空中に体を委ね、背後で爆裂魔法を封じた石を発動させる。


 爆風がイズルを上空へと跳ね上げた。詠唱中のゴブリンを置き去りにする。風が駆け抜ける。


「ゴブリンで間に合うかよ」


 ゴブリンウィザードは魔法発動に呪文詠唱を要する。

 少年は腕を払う。無詠唱で炎が放たれた。

 イズルは階段の側面を蹴って方向を変える。


 少年は水平に両腕を出し、左右に広げる。その軌道に複数の魔力球が生まれた。

 円環状に配置された魔力球から炎が噴き出した。吹き抜けが熱気で満たされた。


 イズルは階段に降り、最上階に向かって駆け上った。壁の魔法陣からゴブリンの首が覗く。魔法陣ごと斬り裂き無効化する。


 上階からゴブリンウィザードが姿を現した。詠唱が完了している。稲光が塔内を照らした。


 飛び移る。

 少年の視線がイズルを追う。複数の魔力球が着地点目掛けて炎を打ち出した。イズルは手すりを掴み、体を翻す。下方へ転じた。


「ちょこまかと」


 炎が軌道を焼き焦がす。階段の側面には黒い跡が残り、焦げた臭いが時計塔内部に充満した。


 イズルは視界の外へ逃れる。手すりから軽やかに飛ぶ。宙を舞いながら次の行動を組み立てた。

 テンポを読まれれば先回りされる。リズムを崩すことを意識する。


 踊り場から上階へと走る。見つけた魔法陣は無効化した。

 塔内に焼け跡が増えた。


 少年の攻撃に苛立ちが混じる。連発された炎は複数のゴブリンを焼失させた。


「これならどうだ」


 魔法が乱発された。階段側面の魔法陣を利用して反射させる。まだこれだけの魔力が残っているのか。イズルとしては、かなり消耗させたつもりだったが、敵にはまだ余力があるようだ。


 反射する魔法は網目模様の軌跡を描き、吹き抜けを支配した。最上階へ続くルートは階段のみとなった。


 最後の踊り場に到達した。二人の視線が交錯した。

 握れるだけの魔法石を投げつける。敵の視界を奪う。同時に最後の結界石を使った。


 飛び上がり、煙に紛れて体勢を逆転させると、天井に着地する。爆風がイズルの頬を叩きつけるように駆け抜けた。目標を確認する。

 少年は、確実にイズルを、その瞳に宿した。


「やっとつかまえた」


 塔に響き渡る爆音の中でその声は聞こえた。両手の魔力は、これまでの威力を凌駕するほどのものだ。


 瞳は歓喜の色に染まり、口角が鋭さを増した。下あごが開く。真っ赤な舌が光の元にさらされた。その背後で円環上の魔法球が発射の準備を整えていた。


 風がイズルの髪を繰り返し靡かせる。少年の足元、頭上、手すりの上でゴブリンが呪文の詠唱を終える。


 魔法の弾幕が煙を呼び起こし、イズルの視界から景色を奪った。結界石一つでは足りないほどの火力だ。避ける間はなかった。


 過去の映像が脳内を巡った。左眼が記憶を掻き出す。意思縛りの魔法はイズルの魔力をも縛りつけてきた。


 左眼が痛みを蘇らせ、熱を持つ。熱量に応じて背中に魔力が滲むのを感じた。低位魔法を唱えようとした。


 呪文を口にするまでもなく、魔法の骨組みが形成され魔力が注ぎ込まれた。無詠唱での魔法だ。昔の感覚に近い。無意識に魔法が完成した。


 ぱん、という音がして小さな火花が散った。低位魔法が攻撃をかき消し、ゴブリンを飲み込んだ。

 塔内に、静寂が落ちた。

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