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26 時計塔の攻防1

「依頼人に会うってドキドキする。ギルドのクエストって感じ」


 興奮気味に早口で話すローザに対して、そうだね、とファラはどこか上の空だった。妹の体調が回復したら、今度は姉だ。


 イズルが話しかけても空返事が多い。

 避けられてる、何となくそんな気がした。あからさまな態度ではなく、行為の節々に滲み出る、そんな雰囲気だ。


 初めて彼女たちとクエストへ行った日からだろうか。夕方にはもう、今のような空気感はあった。


「集中しろよ。今回は前回より強い相手だぞ」


 ファラの心境がどうであれ、彼女が無傷で帰ることを優先する。

 戦闘に集中させるため、イズルは注意を促しておくことにした。


 千年祭当日、中央市場は週末の来訪客により賑わっていた。路上では音楽が奏でられ、曲に合わせて踊る人がいる。友人同士や家族で千年彗星ソフトを食べ、感想を述べあう姿もあった。


 今日くらいは学院内や街中でイベントを楽しんでも良かったが、ファラとローザがクエストを望むのなら、それも悪くはなかった。


 行きかう人々の間を縫って、姉妹はイズルの後を追う。


 飾りつけも、大きな人工花などが用いられ豪華に変貌を遂げていた。先週よりも華やかではあるものの、本番当日の雰囲気としてはやや寂しい。


 先週では昼間から点灯していた装飾が、今週は光を失っている。千年彗星の波動が、機器を作動させる魔力石に干渉し、動作を不安定にさせるためだった。


 人並を抜けて馬車乗り場付近に来ると、待ち合わせ場所の時計塔は目前だ。


 仰ぐほどの高さが見るものを圧倒する。黒ずんだ赤レンガは年月の経過を物語っていた。深い青や紫、黄色などのステンドグラスは光を浴びて高貴に輝く。


 その出入口付近、時計塔と比べるとほんの小さな影が、行きかう馬車に紛れてたたずんでいた。

 依頼人の時計塔管理者だろう。視線が交錯すると、頭を下げて柔和な笑みをこぼし、ネクタイを正した。


「あの、ずいぶんお若いのですね」


「ベテラン勢は報酬が安くて行きたくないってさ」


「やはり、そうですか」


 時計管理者は予算について説明する。千年彗星が迫り、魔物が活発化しているのは周知の通りで、予算も他の魔物討伐や街の防衛に回されていて、満足できる額を用意できないそうだ。


「ですがご安心ください」


 概要はギルドで説明されている。近頃、時計塔にゴブリンウィザードが潜伏し始め、夜になると中央市場に出没して商人たちの倉庫を荒らすそうだ。


 彗星の接近とともに被害は大きくなり、ゴブリンの数も増えている。ますます被害が膨らむことも想定される。そこで今回の依頼だ。


「商人たちもこのまま放っておけないということで、成功の暁には彼らが上乗せするという形で十分な額を用意できることとなりました」


 扉の素材は淡い灰色の石材で、黒い斑点が散りばめられている。依頼人が刻まれたルーンに手を置いた。触れた部分が鈍く光る。


 石が擦れる音がして、重厚感のある扉が押し出されるように動くと、埃を纏った空気が解放された。


「よろしくお願いします」


 背中で声を受け止め、イズル達三人は内部に体を滑り込ませた。


 ひんやりとした空気に飲み込まれる。頭上ではステンドグラスから光が注ぎ塔内を照らした。


「あまり前衛に出るなよ」


 特に病み上がりのローザには無理をさせられない。ファラからも、どことなく調子の悪さを感じる。


 螺旋階段が続く。付近抜けの階段を囲む壁には、星空を模した装飾が施されていた。ステンドグラスを通った光が様々な色彩を与える。


 青い光、紫色の光は神秘を、黄色は奇跡を表現するかのようだ。割れた窓からの陽光は神々しさをもたらした。


「ちょっと、あれ何?」


 ローザが訝ったのは、壁や階段の側面に刻まれた魔法陣に対してだ。装飾を上書きする形で複数の魔法陣が描かれていた。魔物の戦略的な意図を感じる。


 イズルは階段に足を掛ける。ファラが索敵魔法を展開する。


「いる。数も多い」


 ファラが言葉を発するより早く、イズルは格子状の手すりに飛び乗り、虚空に身を投げた。上部に移り、手すりを掴むと、左腕を中心にして体を旋回させた。逃げようとする動きより早く、蹴りがゴブリンを捉える。


 右腕にナイフがある。投げると刃が空気を突き抜けた。後方の敵を貫く。声を発する間も与えずにゴブリンウィザードは姿を消した。


 クエストの目的として、ファラとローザの実戦経験も兼ねている。理解しながらもイズルはゴブリンの数を削ぐことに注力した。


 魔法陣は魔物たちの魔力の源泉として作用する。己に有利なフィールドを展開している。召喚も行える強力な魔法陣だ。この計画性の高さが当初の前提を崩している。


 ずるり、下方の魔法陣から影がせり出した。尖った耳に鋭い目じり。ケタケタと笑うゴブリンはローブを羽織り、杖を所持している。


 姿を完全に現した時、ゴブリンは呪文の詠唱を完了させていた。

 雷撃が放たれた。稲光が迸る。


 イズルは踊り場に身を潜ませてやり過ごす。電気の走る音が響いた。イズルは階下に向かって飛ぶ。


 ゴブリンの腹を突き刺し、勢いを緩めず、魔法陣に切っ先を突き立てる。力任せに剣を払うと、魔法陣が切り裂かれ光が弾けた。一部でも破損させれば、その効力を打ち消すことができる。


 イズルの意識は次の魔法陣、そしてゴブリンへと移っていた。同時に思考する。


 ゴブリンウィザードがこのレベルの魔法陣を描けるはずがない。ゴブリンの数を減らしながら考えを巡らす。他にも何かいる。魔法陣で塔を支配する存在だ。


「イズル!」


 下方からファラの声が届く。注意喚起の呼びかけだ。背後で魔力が収束した直後、ナイフが脇をすり抜けた。ゴブリンに直撃する。先ほどイズルが使用し階下に落下したナイフだった。


 さすがだ。命中率の高さに感心する。過去に実戦を経験したこともあって、彼女の落ち着きも伝わった。


 剣や体術で数を減らすのは効率が悪い。剣撃と並行して、呪文を使うことにした。


 学院でせっかく初歩から教わったから使ってみるか。えーと。

 イズルは授業を思い出してみる。


 初歩の呪文は短く端的で覚えやすさが重視される。低位魔法でもイメージを明確に築き上げれば威力を出せる。


 剣がゴブリンを切断する。炎のイメージを呪文に組み込む。右手で剣を振るう。左手に炎を作り上げた。

 ぷす。


「あれ?」


 発動しようとした瞬間、左眼が視野を失った。イメージが崩壊した。イズルは左眼をこする。復活した視野にゴブリンウィザードの影がよぎった。剣を持ち変えて切っ先で引き裂いた。


 魔力が集まらない。呪文は成功していた。なのに魔法が発動しない。

 左眼が邪魔してる。まだ、ダメなのか。


 頭上のゴブリンたちが手すりに伸び乗った。一斉に雷撃を打ち込む。幾筋もの雷光は、痺れを伝えるほどの揺らぎを示した。


 空中では自在な動きを制限される。

 防御用に結界石を使おうとすると、翼を得たように体が軽くなった。 


 補助魔法だと理解した。ファラの浮遊魔法がイズルに作用する。身を翻して雷撃をかわす。


 二撃目は時計塔を貫くような雷だ。だが精度は悪い。それぞれの軌道はばらばらだ。避けるまでもなく雷光が駆け抜ける。その輝きが突如屈折した。


 眩い光が目に飛び込む。イズルの頬をかすめる。屈折した箇所には魔法陣があった。雷撃は魔法陣目掛けて飛び、当たると鏡のように反射し方向を変える。


 下方に落ちた稲光は屈折しながら舞い戻り、イズルを襲う。前方には直進する雷撃が迫る。空中を移動するイズルの頭上と足元に、無数の稲妻が走った。


 確定的だ。魔法陣に反射能力を付与している存在がいる。対応力がゴブリンの域を超えていた。指揮し、この雷の牢獄を作り上げた存在が上層階にいる。


 雷光がイズルに収束し、爆ぜた。

 轟音と爆風が時計塔内を満たした。爆発の中心部にイズルがいたのを確認して、ゴブリンたちは勝利を確信して笑い出した。

 

 沈黙させたのは煙霞に滲むイズルの姿だった。結界石の使用により、その煌めきに身を浸している。


「イズルどいて」


 ブオンと魔力の塊が浮き上がった。螺旋階段に着地すると、手すり越しに階下を望む。ローザの遠隔操作で、魔力が渦を描いて凝縮する。


 獣が腹の底から唸ったような響きは、ゴブリンの表情を一変させた。渦は煙をさ迷う光さえ飲み込んだ。ゴブリンは奇声を上げて上階へ逃げ出した。我さきにと体をぶつけあう。


 巨大な魔力だった。ゴブリンたちをかき消すことも可能だろう。それは小さな体のローザには大きすぎる力だった。


「え、ちょ、ちょっと」


 ローザに焦りの声が滲む。その声は制御の厳しさを物語っていた。


「解除しろ!」


 イズルは叫んだ。能力以上の力はやがて自身をも飲み込んでしまう。教室で「体の調子がいい」と彼女は言った。体調の問題ではない。


 ズキン、と左眼が疼いた。あの結末は繰り返さない。触れた彼女の唇、左腕で抱きとめた彼女の頭。そして両腕から彼女は消えた。


 飛び降りた。重力に身を任せる。背中に爆音が轟いた。


 螺旋階段の中心を一筋の影が落ちた。ローザの表情は恐怖で揺らいでいた。ファラは膝を崩し傍らに寄り添っていた。


 着地して小さな体を抱きしめた。その衝撃でちりん、と彼女の鈴が鳴った。イズルの腕の中でローザは体を小刻みに震わせた。逃れようとする動きを封じるために力を込めた。


「イズル……」


 空気を欲するように言葉を繋いだ。

 軽い体だった。まるで重みを感じない。体調を悪くしていたせいもあるのだろう。瞳睛は濁り、声は掠れていた。

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