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25 隠されたクエスト

 一日に幾度となく開閉される扉を押す。くたびれたように軋んだ音が、大広間に反響した。週末のギルド「リュミエール」には見慣れたはずの賑わいはなかった。


 不思議に思いながらも歩を進める。

 床が鳴った。


「人がいないな、とうとうこのギルドも潰れたか」


 カウンター内のイリスに話しかける。

 ノート上で作業に没頭していたイリスは、ペン先を忙しく走らせ、やがて動きを止めた。


「失礼な。みんな街の境界の警護やら討伐やらで駆り出されててね。忙しすぎて人手不足」


「千年彗星か? 外の雰囲気もピリピリしてたな」


「とうとう今夜だからね。いったい何が起きるのやら」


 イリスが肩を抱いて身震いする。

 学院内や街中で千年祭が催されて賑やかな反面、近づく千年彗星の気配が活気を乱そうとしている。


 住宅からは、赤子や幼児の泣き声が響き、路上では犬が吠え、猫が唸る。ここに来るまでに掴み合いのケンカも見た。


 時間が経過するにつれて、華やかさの裏側で人々の警戒心や猜疑心が芽生えていくかのようだ。


 このような兆候は、学院内でも広がりつつあった。トラブルを未然に防ぐため見回りが強化されたことで、イズルは学院を抜け出して、ギルドに来る余裕をなくしていた。


「学院内も見回りだなんだで、余計な仕事が増えて、本業のこっちをしてる暇がなくなってきた」


「先週あたりは祭り一色になってきたって感じだったのにね。あちこちに魔物が出没して、警護や討伐の依頼が増えて繁盛してるけど、ほら」


 イリスは手元のノートを見せた。アイテムの名称と在庫がずらりと記されている。


 修正箇所も多く、本人でなければ何を描いているのか分からない箇所が目に付く。戦闘関連のアイテムの減少が激しいことだけは理解できた。


「端末が故障しちゃってさ。在庫管理は全部手作業」


 深いため息をついて肩を落とす。


「彗星の波動が機器を故障させるみたい。だから機器どころか、魔法石も結界石も武器も防具も在庫不足だよ」


「もしかしてバングルも壊れてる?」


 クエスト状況を通信するバングルは、正当な評価を受けるための要のアイテムだ。


「あれが壊れたら、クレームの嵐だよ。そんな簡単に壊れないよ」


 故障すればギルドとしても、クエスト中の入手アイテムを把握できずに、持ち逃げされる懸念が出てくる。


「だから安心しなよ。特に心核血晶は、通常価格より割り増し価格だよ」


「闇市に持ってった方が高く売れそうだな」


「いやいや。こっちに回してよ」


 上半身を左右に振ってイリスが抗議する。


「こっちも慈善事業じゃないからな。学費がかかってるんだ」


「あんたんとこの教師が買い占めるからだよ。ただでさえ在庫が少ないってのに」


 イリスは、イズルのマントから覗く学院の徽章を示した。


「教師って?」


「ガルド・ブレイカー。まあ、うちにとってもお得意様だし、安全委員会でも使うらしいし。非常事態に備えてかね」


 心核血晶は希少価値が高いアイテムであり、個人で購入する場合、数に規制がかかる。アルテナ学院安全委員会の名目なら相当数買い付け可能であろう。


 イズルは、鋼のような肉体と突き刺さるようヒゲを兼ね備えた、ガルドを思い浮かべ慌てて打ち消した。むさくるしいおっさんは苦手だ。


 カウンター越しにイリスを眺めている方がいい。


「柄にもなく教師してるね。イズルのことも心配してたよ。あいつは後先顧みないから心配だってね。変な仕事回すなって叱られたよ」


「変な仕事?」


「あー」


 しゃべりすぎたか、とイリスは頬を掻く。

 そういえばギルドで出くわした際にも、受けようとする仕事を気にかけている様子であった。


 いちいち仕事に口出しされるのは気に食わない。どんな仕事を受けようがオレの勝手だ。


 イズルはカウンターに両肘を置いて、イリスに続きを促す。


「私もよく分かんないけど、あんたに振る仕事だけは、やたらと気にしてたね。依頼を取られないようにしてるのかも?」


「どんな仕事だ?」


 イズルは掲示板に目を向ける。


「そこにはないよ。でも、うちも商売だからね。予約って形で抑えてた依頼だけどさ。忙しいからって、いつまでも放っておかれるのも困るんだよね」


 予約という形式にしておけば、依頼は掲示されることはなく、誰の目にも止まらない。ところが、ガルドは予約したものの、依頼の遂行を放置しているようだった。


「見せてみろ」


「いつも忙しいって言って、依頼を進める気配もないし。この前、依頼人がやってきて、何で掲示板に張りだしてないのかって怒られちゃったよ」


「依頼書だよ」


 イズルはカウンターを指先で叩いて要求する。


「こっちも信用問題になるからね。依頼人に見つかったから、さすがにガルドの予約もキャンセルだね」


 言い訳がましくぼやいて、イリスは一枚の紙をカウンターに置く。

 場所は街中の時計塔。討伐対象は……


「ゴブリンウィザードか」


 魔法を駆使するゴブリンウィザードは、ゴブリン族の中でも、知能がありランクも高い魔物だ。

 数の記載はない。把握しきれていないのだろう。


「楽な相手じゃないけど、イズルなら大丈夫だよね。依頼主にせっつかれてるから、終わらせてくれるならありがたいんだけど」


 なぜ、この依頼を隠していたのかは、イズルには分からない。高額な報酬というわけでもない。


 むしろ、千年彗星の近づく今なら、他の依頼を受ける方が効率よく稼げそうだ。となると、報酬面で、この依頼を押えておきたかった訳ではないと判断できる。


 ゴブリンウィザード自体は中級冒険者向きといったところだ。ファラはともかく、病み上がりのローザには荷が重くないだろうか。だが、この依頼を受けられるのはガルドがいない今だけだ。


 なぜガルドがこの依頼を遠ざけようとしたのか。その理由を探る必要がある、とイズル考えた。


 ファラとローザの安全を最優先にして、無理と判断したら撤退する。

 思い出したように、すん、とイズルは鼻を鳴らした。


「今日は獣臭くないな」


「ちょっと、失礼なこと言わないでよ」


 言いながらも、イリスは自らの服の匂いを嗅ぐ。


「いや、イリスはいい匂いだって。オレは鼻がいいから間違いない」


「そ、そう? それは喜んでいいとこなのかな」


 大広間を振り返る。ギルドのどこにも、ゴブリンの臭いはなかった。


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