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21 見回り

 イズルが所属するグループは、メインホール周辺を担当する。

 寮、食堂から噴水のある広場へ進み、庭園を回る予定だ。


 イズル、ファラ、タケリオの一年生グループは、安全委員会統括エメリアに続いて寮周辺を歩く。警戒レベル3では、武器の携帯が許可されている。


 生徒に威圧感を与えるのを避けるため、剣術部門の生徒には切れ味の鈍い訓練用の剣、魔術部門の生徒には魔力伝達の控えめな杖となっている。


 緊急で警戒レベルが上がる事態を想定して、統括や部門長の幹部クラスにのみ、実戦的な武器の所持が認められた。


 寮前は生徒たちでにぎわっていた。ベンチで読書したり、談笑する生徒の姿がある。遊びに興じたり、魔法の訓練に勤しむ生徒もいる。

 呪文詠唱後、木の枝にぶら下げた的がパンと爆ぜた。


 エメリアの鋭い声が飛ぶ。訓練をしていた生徒たちに向けてだ。話し声と笑い声が消えた。沈黙の訪れた空間にエメリアの諭すような説明が響く。


 許可された場所以外での魔法の使用は禁止されている。重大な事故の発生につながることもあるためだ。注意された生徒は不満そうな表情を見せたが、安全委員会の腕章と、声の主が統括のエメリアであると認識しておとなしく従った。


 その出来事は学院内での、安全委員会の権威について、改めてしらしめるものだ。


 食堂近辺では寮前のような喧噪はなく、静けさが漂っていた。食事にはまだ早い時間で、生徒たちの姿はない。


 タケリオが身構えて剣の柄に手を添えながら、周囲をきょろきょろ見回して歩いている。


「気楽に行け。イザというとき注意力が散漫になるぞ」


「う、うるさい」


 イズルの言葉には耳を貸そうとしない。


「そうやってすぐ真っ赤になるからタコ坊主なんていわれるんだぞ」


「貴様が言ってるだけだろうが!」


「私語をつつしめ、任務中だぞ」


 エメリアが一喝し、ファラに指示を送る。


「索敵魔法を」


 ファラは索敵魔法を静かに発動させた。円状のフィールドが展開される。静寂が空間を満たした。音も光も発しない魔法は、穏やかな放課後の一角を、張りつめたものへと変貌させた。一種異様な緊迫感が生じる。


 索敵できる範囲は術者の精神力に比例し、力量によっては、フィールドの形状を変更させることも可能だ。


 戦闘経験を積めば、魔法を使用しなくても空気の微細な揺らぎから敵を発見できる。五感に委ねる方法で、魔法を使用しない剣士が使う方法である。確実性を重視するならば索敵魔法だ。


「敵はいません」


 先日のゴブリンクエストの経験も役立っているのだろう。初任務の動揺もなくファラは確信を持って答えた。一年生の堂々とした報告に、エメリアは感心したように頷いた。


「ほら、ファラみたいに落ち着けよ、タケリオ」


「そういう貴様はどうなんだ」


「オレは馴れてるからな」


 エメリアの先導で食堂から噴水広場へと場所を移動する。中心部へ向かうにつれて、賑やかさが戻ってくる。


 広場は学院内で千年祭の準備が最も進んでいる箇所の一つだ。夕方になって飾りつけが点灯されつつあり、夜の到来が迫っていることを告げる。


 飾りつけを指差す生徒は、千年祭のイベント関連の会話で盛り上がっていた。当日は主塔最上階の展望台が解放されたり、特別講義が行われる。学院内で屋台の食べ歩きへの期待を募らせている生徒もいた。


 彗星に関する話題では、世界が滅亡したり、命を奪われたりといった不吉な伝説を信じる生徒から、願い事を叶えたいと心躍らせる生徒まで様々だ。


 天体ショーが近づくほどに生徒は噂話や伝説に翻弄され浮足立ってくる。千年彗星は精神にも影響を及ぼすとの意見もあり、生徒同士のトラブルが生じる可能性も大きい、とエメリアは言う。


 噴水広場とつながる庭園には、清涼な空気が広がっていた。植栽は四季折々で色を変え、季節によってさまざまな姿を見せる。


 現在の季節だと、朝は輝かしい光が鮮やかな新緑を突き抜け、夕陽は耳を撫でるように小川のせせらぎを奏で、水面で柔らかに揺れる。


 精神の安定化は魔法にとって重要な要素だ。鼓膜をくすぐる鳥のさえずりや、草木を揺らす風の音、花の香を感じて息を吐くことで、イメージを補い魔法の威力を増大させる。


 庭園は木々が目隠しとなって索敵には不向きな場所である。精神力の強化に重きを置いていることもあって、自然に近い地形であり、足場も悪い。死角もある。


「ファラ、この地形どう思う?」


 エメリアの問いは、教師が生徒に思考を促す言い方に近い。


「索敵魔法での探索効率が落ちます。足元も悪いですし、意識も木に遮断されて分散される。魔力だけが消費されていくイメージです」


「そうだ。この場合、フィールドの範囲を狭めるか、いっそのこと魔法を解除して、目視で確認するかだ」


 川沿いの竹やぶの中、エメリアは慎重に歩を進める。足元は丸石で敷き詰められているため、転倒の危険性もはらむ。


「イズルとタケリオはファラのサポートだ。警戒を怠るな」


「了解」


 イズルは答えて、足元の石を投げた。


 小川の反対側の物陰から「ぎゃっ」と声が漏れる。ゴブリンの額に直撃したのだった。煙を上げてゴブリンは消失していく。


「よく気づいたな」


 エメリアの声には驚きが混じっていた。


「実戦経験があるのか?」


「むしろ、授業経験がないくらいだ」


「なるほどな。レヴィア先生の推薦を受けられたのもその辺りが理由か」


 得心して頷く。それにしても、と腕を組む。


「ゴブリンが侵入してたか。このレベルの魔力なら警報も作動しないだろうな」


 警報には閾値が設定されている。


 低レベルの魔力で警報が作動するならば、生徒が授業で魔法を使用する度に安全委員会が出動しなくてはならなくなる。教師レベルの魔力なら作動させてしまうが、許可証により除外されている。


「先日の損傷は修復済みのはずですよね。修復前に損傷を通って侵入したのでしょうか?」


 タケリオが言う。


「そうだな……」


 端正な眉を寄せて、エメリアは呟く。


「ただ最近では学院周辺で魔物を確認されたことはほとんどないし、損傷は速やかに修復された。わずかな時間でたまたまゴブリンが、たまたま損傷部分を通過して侵入してきた?」


「少し都合が良すぎる感じはありますね」


「お前の脳みそみたいだな、タケリオ」


「やかましい!」


「静かにしろ、まったく。考えがまとまらない」


 今年の一年生は、とエメリアが溜息をついた。


「まずは結界の損傷とゴブリンが連動しているかいないかだ。まだ確定的なことは分からない。次に損傷の原因だ。結界に干渉したのが千年彗星か……」


 エメリアは頭上に視線を向ける。笹の隙間を縫って光が落ちる。風でざわざわと笹がさざめいた。


「人為的なものか、ですね」


 ファラが推測を補足する。


「その可能性も考えておこう」


「もう、この辺りにはもう何もいないか」


 気配を探る。イズルは鼻を鳴らした。視線を逆方向に滑らせた。ガサリ、と落ち葉を踏む音がして巨躯が現れた。


「おー、こんなとこまで見回りか? ご苦労なこった」


 剣術部門顧問のガルドだった。エメリアは姿勢を正して、頭を下げる。


「お疲れ様です」


「お疲れさん」


「何だ、あんたかよ。魔物だかゴブリンだか分かんないおっさんだな。あ、熊だったか」


 イズルは熊のように聳えるガルドを見上げた。


「おい!」


 エメリアは慌ててイズルの頭を抑え込み、力ずくで礼をさせる。


「申し訳ありません」


「いいいい、こいつはこんなヤツなんだ」


 豪快に笑ってガルドは腕を組む。


「ゴブリンが侵入してたか」


「おかげで、おっさんにも石ぶつけるところだったぞ」


 イズルはガルドの体躯に視線を走らせる。


「こら!」


 エメリアが叱責した。


「問題はゴブリンの侵入経路だな。結界の穴から侵入してきたようだが」


 ガルドが言う。鋭い眼光はこの場を離れ、遠く離れた外部の異変を探ろうとしているかのようだ。


「損傷原因も特定しないと、そこは何とも」


 エメリアが考え込む。彼女は様々な可能性を考慮しているらしい。


「よし、俺が調査班に依頼しておこう。千年彗星の影響も心配だ。見回りとともに、引き続き結界の状態にも注意を払っておいてくれ」


「分かりました」


「では、よろしく頼む」


 ガルドの毅然とした表情に、エメリアは、はい、と答える。ガルドは頷いて、来た道を引き返していった。


「なあ、タケリオ。調査結果ってすぐ出んの?」


「む。そ、それは、分からん」


「知らないのか、使えんタコだな」


「タコ言うな!」


「やめろ」


 エメリアが二人の間に割って入る。


「今回の損傷は、ゴブリンが一匹通れるか通れないか程度の経度なものだ。すぐに原因を特定するのは難しいだろう」 


「そうなんだ」


「ふん、貴様も知らないではないか。やはり無能の透明だな」


「透明はタコよりかっこいいだろ。タコ焼きにしちまうぞ」


「びっくりした。いつの間に二人は仲良くなったの?」


 驚くファラに、タケリオが顔を真っ赤にして声を張り上げる。


「これのどこが仲良く見えるんだ!」


「よーし、帰るぞ、今日はタコ焼きパーティーだ。タケリオ、食われる準備しとけ」


 会話を打ち切ってエメリアを促そうと、イズルが腰に触れる。「ひっ」と息をのむ声とともにピン、と空気が裂けた。イズルの喉元に剣先が突き付けられた。


 イズルは思わず両手を上げる。


「もしかして、タコ焼き嫌い?」


「せ、先輩に馴れ馴れしくしないように!」


 声を張り上げ、そそくさとエメリアは剣を収めた。石ころを踏みしめ、よろよろ歩き出す。


「怖いな、エメリアって」


 誰ともなしに呟いた。


「呼び捨て禁止!」


 しっかり、彼女の耳に届いていたようであった。

 帰宅直前、イズルは一人残され礼儀作法の講義を受けることとなった。脇を通り過ぎる生徒たちは、流し目で二人のやり取りを眺め、エメリアだと気づくと立ち止まって振り返った。

 そこには普段のイメージとかけ離れた彼女がいた。


「軽々しく腰を触るな!」


「手ならいいってこと?」


「手もダメだ!」


「じゃあ、どこならいい?」


「全部ダメに決まってるだろ! バカなのか君は! あと、先輩にはきちっと敬称を付けるように!」


 エメリアは、戦闘中より息を切らしながら、諭すのであった。

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