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2 魔人アルフレッド

 郊外に廃墟となった庭園がある。

 イズルは膝まである雑草を踏みしめ、前方をランタンで照らす。

 ギルドでレンタルした魔法のランタンだ。


 そこには古びた鉄製の門があった。中央のレリーフには荘厳な盾と、守護するように絡みつくツタであしらわれた紋章が施されていた。


 今では風雨にさらされたことで亀裂が入り、ところどころ欠けたことで、往時の面影はなくなっている。


 ギルドで説明を受けた通りだ。

 門の先では、かつてアーチ状のゲートが訪問者を出迎えていたらしい。


 巻き付いたツタには薄い紫色の花が咲き誇り心を和ませた。小道では赤やピンク、黄色の花弁が訪問者の足取りを軽くさせる。中心部の噴水は美しい大理石であしらわれたものだ。


 周辺の木々にはベンチが置かれ、小鳥が歌い、訪問者や屋敷の住人にとって憩いの場であった。


 ベイル家の庭園は賛美を集めた。

 当主アルフレッド・ベイルには最愛の妻がいた。アルフレッドは病弱な彼女を深く愛した。


 庭園の輝きは二人の仲の象徴だった。そんな庭園もかつての面影はない。アルフレッドの妻が息を引き取った。


 その頃からだという。アルフレッドは心核血晶しんかくけっしょうを欲した。

 心核血晶は魔物が持つ魔力の源、魂とも言える血の結晶だ。


 冒険者が強力な力を持つ魔物を討伐したとき、魂と魔力が凝縮され結晶化する。


 赤く輝く結晶は非活性化させると輝きを失い、赤黒い石へと変貌を遂げる。それは武具に組み込まれたり、装飾品として扱われたりする。


 非活性化前の心核血晶は不安定な状態で、魔物が完全に息絶えたわけではない。生命エネルギーが残存しているため、扱いに慣れてない人間には危険な物質である。


 個人差はあるが、うかつに扱うと急激な体力の消耗、皮膚の壊死、精神が錯乱したり、意識や肉体を乗っ取られることさえある。

 心核血晶はそれほど危険な代物だ。


 アルフレッドは心核血晶を手に入れたのか?


 いつしかアルフレッドは表に姿を現さなくなった。やがて人々の記憶からも消えていった。


 灯が消えたベイル家の庭園は20年余り経過したのちも放置され、倒れた木々の合間を埋めるように、雑草で覆われているという。


 そんな庭園周囲に、魔物が出現するそうだ。

 依頼はその魔物の討伐だ。


 門の左右には一体ずつ彫像が置かれていた。胸部に門と同じく紋章があった。

 苔で覆われツタが絡む出で立ちは、長い年月の経過を思わせる。


 双翼の彫像が携える鎌は、苔で覆われツタが絡んでいた。主を侵入者から遠ざけようとしているかのようだ。街の人間が近づきたがらないのも納得だ。


 翼には羽毛が一枚一枚刻まれていた。ランタンを近づけて目を凝らすと、羽毛が揺れたような気がした。


 左足を引いた。

 眼前を風が突き抜ける。鎌が地面に突き刺さった。思考する間もなく、背後の気配に向けて剣を振るう。鈍い衝撃に剣が震えた。


 咄嗟に距離を開ける。現状把握に努める。二体の彫像がイズルと対峙していた。

 単なる石像ではないと衝撃から悟った。


 心核血晶で強化された石像型の魔物だ。挟撃を避けるため、二体を正面に見据え、懐に飛び込む。月明りが刃を鋭く照らした。一体の首を刎ねると、もう一方の肩口に切り付ける。


「任務完了」


 石像が崩れ地響きが轟く頃には、イズルは剣を納めていた。


 無機質な胸部から赤い輝きが吐き出された。心核血晶は生きているように脈動している。討伐直後の不安定な状態では、扱いに危険を伴う。


 相応の生命エネルギーを有していなければ、精神を取り込まれてしまうこともある。専用の腰袋に入れれば安定化し、危険性は低下する。


 心核血晶に触れようとすると門がゆっくりと開き、閉じた。

 イズルの指は剣の柄に触れた。油断していたわけではない。気配を感じなかった。


 するり、と門の影から姿が現れる。その装いはかつての貴族を思わせた。


 精緻な刺繍や装飾ではあったが、月日の経過を感じさせる破れやほつれがあった。髪は白く、頬はこけ、深いしわが刻まれている。目は鋭く冷たい。


 魔転者、との言葉がよぎる。魔族に心を奪われたものを指す。

 だが、これは。


「魔人か」


 人と魔が一体化し完全体となった魔物、それが魔人だ。


「お前、アルフレッドか」


 屋敷の主の名を問う。

 肯定をするように邸門の紋章が発光した。


「アルフレッドか。確かに、そう呼ばれていたな」


 魔人は天を仰いで月の光を浴びる。降り注ぐ光はその肌を白く照らし、瞳に鈍い光をもたらした。


 纏う空気は死臭と獰猛な魔物を思わせた。一歩踏み込めば届く。


 剣が届きさえすればぶった切れる。そう判断した瞬間、アルフレッドの発した言葉が静寂を打ち破った。


「炎」


 眼前に火が出現した。

 キーワードでの魔法発動。避けるために距離を取ると「炎」と呟きが続いた。


 炎がイズルの周囲を取り囲んだ。防御障壁のアイテムを発動させる。直後、爆音が耳をつんざく。


 仕留められなかったことを察知して、アルフレッドは目を見開く。

 障壁は一撃で飛散した。再びアイテムを使用する。


「無詠唱でも避けきれるかな」


 呪文、短縮、キーワード、無詠唱の順に発動時間は短縮されるが、必要となる魔力は増大する。


 アルフレッドは炎と風を融合させ、広範囲魔法を発動させた。剣が届く範囲まで距離を詰めたいが、魔法によって遠ざけられる一方だ。所持しているアイテムでは、このレベルに対抗できるものはない。


「さて、どうしたものか」


 直撃を避けているものの、熱風はじりじりと肌を焦がす。魔法を使えれば対策はいくらでもある。物理攻撃のみでは、魔人クラスを相手にするのは難しい。

 魔法を使えれば、もっと楽に戦えるのだろう。


「装備が弱すぎる」


 声がした。爆音が轟き、灼熱の嵐が渦に飲み込まれた。


 結界石だ。イズルは瞬時に判断した。二属性融合した魔法を打ち消すほどの強力なものだ。

 煙の中に影が浮かぶ。


「予定外のことがあったら撤退しろと言っただろ」


 猛獣を思わせる体躯の冒険者は、ガルドであった。


「苦学生には、装備を揃えてる余裕がないんだよ」


「だったら、ここに来るのはやめろ。この屋敷はやばい」


 アルフレッドに向けて、魔力剣を構えガルドは息を飲む。壁の内側から仄暗い空気が染み出す。影となり闇を這い空間を侵食する。


 離れていても、敷地内を満たす魔力の強さが伝わった。まるでアルフレッドに呼応しているかのようだ。


「イリスめ。この場所には誰も近付けさせるなと言っておいたのに。おかげで酔いが醒めちまった」


「この威圧感、敷地内に相当の数の魔法陣を張り巡らせているな」


 イズルは肌に打ち付けるほどの圧力を感じていた。


「だから俺が重点的に監視している。お前が急にギルドに来て、この依頼を受けるから」


 ため息交じりにガルドが言う。


「ガルド・ブレイカー」


 様子を伺っていたアルフレッドが名を口にした。何かが壊れる音がした。アルフレッドが指につまんでいるのは、硬く、赤く、黒い欠片であった。


 口の中に飲み込まれる。音がする。

 心核血晶を噛み砕いているのだ。


 石像から出た戦利品だった。心核血晶は武具や装飾品、高レベルの魔法を封じ込めるアイテムとしても利用されるため、市場でのやりとりも活発だ。このクエストで入手した後は学費として換金する予定だった。


 すぐにでも吐き出させたい。そんな焦燥に駆られても行動できなかったのは、アルフレッドの内部にくすぶりだしたものが、イズルを留まらせたからだ。飲み込む度に魔力が増大している。


「ふう……」


 アルフレッドは満足げに息をつく。


「いいだろう。私も起きたばかりだ。何よりも……」


 夜空を眺める。雲の奥に何かを探す、そんな眼差しであった。


「まだ、事を荒立てたくないしな。ガルド、貴様に免じて見逃してやる。今すぐ消えろ」


「何だこいつ、偉そうに。ガルド、石をよこせ。オレがこいつをぶった切ってやる」


「やめろ」


 ガルドは前へ出ようとするイズルを左手で制す。奥歯を噛みしめ、剣を持つ手は小刻みに震えている。


「イズル、感じてるはずだ。壁から溢れ出す瘴気を……感情に任せて飛び込んでも得られるものはないぞ」


 ギルドの依頼は屋敷の探索ではない。リスクを負ったところでリターンは得られない。それぐらいのことはイズルにも分かっている。

 ガルドの吐き出した息が瘴気に飲まれる。


「そうだ、それしかない。ガルド、貴様が選べる選択肢はそれだけだ」


 宙を舞ったアルフレッドは塀の上に降り立つ。


「私は、いつでもここにいる。好きな時に会いにくればいい」


 月明りの中へと飛び立ち、アルフレッドは闇夜へ姿を消した。ガルドの喉が上下する。その音がやけに大きく響いた。


 イズルは屋敷を睨みつけた。あふれる瘴気と、アルフレッドの現在の魔力量から、存在するであろう魔法陣の数を推測する。攻撃するとして必要となるアイテムの目安を思い描いていた。

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