表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/58

19 家族の星

 ローザに何があったか知りたい。

 実力的には問題なかったはずだ。昼寝さえしなければ、掲示板で会えてたかもしれないのにな。

 週末の休日を挟むこともあって、二日ほど話す機会もない。


 後悔を抱えつつ、男子寮の外へ出た。夜空が広がる時間帯だ。寝付くには少し早いものの、女子寮を訪問できる時間は過ぎている。さっそく安全委員会の特権を利用するか。いや口実が必要だ。こっそり訪問する? 寮を見上げる。部屋が分らん。


 腕組みをして思案しつつメインホールまできた。内部は光を落として薄暗い。建物はイルミネーションで輝いていた。


 噴水が暗闇に溶けて光の粒をこぼす。縁に腰掛ける姿がぼんやり滲む。月の光が影を照らした。降り注ぐ光がその頬を撫でた時、初めて彼女であると認識した。噴水に絡みつくイルミネーションが彼女の輪郭を崩す。


 躊躇した。彼女が闇に紛れてしまいそうだった。儚げな横顔からいつもの屈託のなさは消えていた。


「イズルっちじゃん。どしたの?」


 先に声を発したのはローザだった。

 彼女はそこにいる。なのに、どこまでも遠く感じる。


「どしたのって、お前」


「流れ星!」


 ローザが空を指す。


「金金金」


 イズルは必死に願い事を唱えて星を探す。ぷっ、とローザが吹き出して笑う。ようやくいつもの姿に近づいた気がする。


「もう消えたよ」


「ちぇ、せっかく金持ちになるチャンスだったのに」


「昔はよく家族で流れ星探したな。でも見つけたって、いつも願う前に消えちゃう。だから千年彗星で代用しようかなって、楽しみにしてる」


「流れ星よりでかい願い事叶えてくれそうだな」


 冒険者たちの短冊に興味はないが、ローザの望みは知りたい。訊ねようとして口を開きかける。


「でも、きっと私の願いは届かないよ」


 噴水が水面を跳ねた。声が巻き込まれて沈む。


 今、留めなければ彼女はどこかへ行ってしまう。


「届かないなら、オレが願いを届けてやる」


 イズルは胸を叩く。息が詰まりむせ返る。


 あはは、とローザは声を出して笑い、噴水に手を入れた。


「私はね、願い事どころか、目の前に転がってたチャンスすら掴み切れないんだよ」


 拳を広げ、噴水の水をすくう。指の隙間から水が流れ落ちていく。


「レヴィア先生にも指摘されてたのにな。呪文が曖昧になってるって。呪文が出てこなかったら、高速詠唱なんて意味がないもんね」


「選抜試験なら、来年もあるだろ」


「そうだね」


 相槌を打つローザはどこか空虚で、視線は夜空に注がれたままだ。月明りのせいか、いつもの子供じみた面影はなく、むしろファラのような大人びた空気を纏っていた。


 彼女を繋ぎとめる。イズルは言葉を紡いだ。


「それでも願いが届かないなら、代わりにオレが叶えてやる」


「ちっちっちっ、私の願い事は壮大なのだよ。残念ながら君では叶えることはできないんだな」


「オレは女の子の願い事を叶えるのは得意なんだ」


「ま、そのうち頼むねー」


 軽口を叩きあって黙り込む。噴水が闇を叩き不規則に光を弾く。


「ほら、あの星」


 月の傍ら、赤い星を示す。


「あれがお父さん」


 指を滑らせ、白い星へと移る。


「あれがお母さん」


 間に小さな星が二つ並ぶ。


「そして、私とファラ」


 星座なんて知らない。ただ家族を象徴する星があるのだとローザは言った。


「お父さんに教えてもらった。あの星たちは私たち家族なんだって。だから夜空を見上げるとあの星を眺める。お父さんとお母さんはきっとこの空にいる」


 鼻を鳴らす。ローザの声は掠れていた。


「私たちを愛してくれてた。だから星になっても、いつも私たちを見守ってくれてるんだって。そう思ってる」


 立ち上がってローザは砂を払った。


「私は家族みんなの愛があるおかげで、今ここでこうして生かされてる」


 ローザは胸に拳を当てる。イズルは彼女を見上げた。彼女の瞳には強い決意があった。


「私はみんなに、泣くことのない未来を捧げたい。それが私の夢。わたしの命の使い道」


 躊躇いなく彼女は言う。その瞬間イズルは彼女の手首を掴んでいた。彼女を見失いそうだった。


「お、何だね、イズルくん。こんな暗がりで乙女の手を握るなんて。破廉恥だぞ」


「使い道なんて言うな。お前の命はそんなに軽くない」


「ありがと」


 逃げるようにイズルから距離を置く。


「でもまあ、あんまり優しくしないでよ。求めてはいけないものってあるからさ」


 うつむいた拍子に彼女の表情が影に隠れた。

 再び顔を上げた時には、にぱっ、といつものローザの笑顔が出来上がっていた。


「大丈夫。落ち込んでなんかいられないよね、また来年の試験に向けて頑張るよ」


 宣言して、ローザは寮に向かって駆け出した。後ろ姿は月明りを駆け抜け、深淵へと沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ