19 家族の星
ローザに何があったか知りたい。
実力的には問題なかったはずだ。昼寝さえしなければ、掲示板で会えてたかもしれないのにな。
週末の休日を挟むこともあって、二日ほど話す機会もない。
後悔を抱えつつ、男子寮の外へ出た。夜空が広がる時間帯だ。寝付くには少し早いものの、女子寮を訪問できる時間は過ぎている。さっそく安全委員会の特権を利用するか。いや口実が必要だ。こっそり訪問する? 寮を見上げる。部屋が分らん。
腕組みをして思案しつつメインホールまできた。内部は光を落として薄暗い。建物はイルミネーションで輝いていた。
噴水が暗闇に溶けて光の粒をこぼす。縁に腰掛ける姿がぼんやり滲む。月の光が影を照らした。降り注ぐ光がその頬を撫でた時、初めて彼女であると認識した。噴水に絡みつくイルミネーションが彼女の輪郭を崩す。
躊躇した。彼女が闇に紛れてしまいそうだった。儚げな横顔からいつもの屈託のなさは消えていた。
「イズルっちじゃん。どしたの?」
先に声を発したのはローザだった。
彼女はそこにいる。なのに、どこまでも遠く感じる。
「どしたのって、お前」
「流れ星!」
ローザが空を指す。
「金金金」
イズルは必死に願い事を唱えて星を探す。ぷっ、とローザが吹き出して笑う。ようやくいつもの姿に近づいた気がする。
「もう消えたよ」
「ちぇ、せっかく金持ちになるチャンスだったのに」
「昔はよく家族で流れ星探したな。でも見つけたって、いつも願う前に消えちゃう。だから千年彗星で代用しようかなって、楽しみにしてる」
「流れ星よりでかい願い事叶えてくれそうだな」
冒険者たちの短冊に興味はないが、ローザの望みは知りたい。訊ねようとして口を開きかける。
「でも、きっと私の願いは届かないよ」
噴水が水面を跳ねた。声が巻き込まれて沈む。
今、留めなければ彼女はどこかへ行ってしまう。
「届かないなら、オレが願いを届けてやる」
イズルは胸を叩く。息が詰まりむせ返る。
あはは、とローザは声を出して笑い、噴水に手を入れた。
「私はね、願い事どころか、目の前に転がってたチャンスすら掴み切れないんだよ」
拳を広げ、噴水の水をすくう。指の隙間から水が流れ落ちていく。
「レヴィア先生にも指摘されてたのにな。呪文が曖昧になってるって。呪文が出てこなかったら、高速詠唱なんて意味がないもんね」
「選抜試験なら、来年もあるだろ」
「そうだね」
相槌を打つローザはどこか空虚で、視線は夜空に注がれたままだ。月明りのせいか、いつもの子供じみた面影はなく、むしろファラのような大人びた空気を纏っていた。
彼女を繋ぎとめる。イズルは言葉を紡いだ。
「それでも願いが届かないなら、代わりにオレが叶えてやる」
「ちっちっちっ、私の願い事は壮大なのだよ。残念ながら君では叶えることはできないんだな」
「オレは女の子の願い事を叶えるのは得意なんだ」
「ま、そのうち頼むねー」
軽口を叩きあって黙り込む。噴水が闇を叩き不規則に光を弾く。
「ほら、あの星」
月の傍ら、赤い星を示す。
「あれがお父さん」
指を滑らせ、白い星へと移る。
「あれがお母さん」
間に小さな星が二つ並ぶ。
「そして、私とファラ」
星座なんて知らない。ただ家族を象徴する星があるのだとローザは言った。
「お父さんに教えてもらった。あの星たちは私たち家族なんだって。だから夜空を見上げるとあの星を眺める。お父さんとお母さんはきっとこの空にいる」
鼻を鳴らす。ローザの声は掠れていた。
「私たちを愛してくれてた。だから星になっても、いつも私たちを見守ってくれてるんだって。そう思ってる」
立ち上がってローザは砂を払った。
「私は家族みんなの愛があるおかげで、今ここでこうして生かされてる」
ローザは胸に拳を当てる。イズルは彼女を見上げた。彼女の瞳には強い決意があった。
「私はみんなに、泣くことのない未来を捧げたい。それが私の夢。わたしの命の使い道」
躊躇いなく彼女は言う。その瞬間イズルは彼女の手首を掴んでいた。彼女を見失いそうだった。
「お、何だね、イズルくん。こんな暗がりで乙女の手を握るなんて。破廉恥だぞ」
「使い道なんて言うな。お前の命はそんなに軽くない」
「ありがと」
逃げるようにイズルから距離を置く。
「でもまあ、あんまり優しくしないでよ。求めてはいけないものってあるからさ」
うつむいた拍子に彼女の表情が影に隠れた。
再び顔を上げた時には、にぱっ、といつものローザの笑顔が出来上がっていた。
「大丈夫。落ち込んでなんかいられないよね、また来年の試験に向けて頑張るよ」
宣言して、ローザは寮に向かって駆け出した。後ろ姿は月明りを駆け抜け、深淵へと沈んでいった。