17 安全委員会選抜試験
試験日当日。
安全委員会は生徒会から独立した組織で治安維持活動に関して、学院内では強い権限を持つ。
剣術、魔法に関して上位の実力者が集まり、学院内の争いごとを収めるのが主な役割だが、緊急事態には、迅速な対応で被害を最小限にとどめるため安全委員会統括が陣頭指揮を取り、生徒の行動を制限することができる。その時点では生徒会長の権限すら凌駕する。
権力の暴走を監視する役目は、顧問の教師だ。
学院生活に直結する組織である安全委員会の選抜試験は、生徒たちの日常生活にも影響を与える。授業が短縮されて午前中で終了し、午後からの学院は選抜試験一色に染まる。
それほどの規模となると、生徒たちの関心も高い。午前中からちらほらと選抜試験についての話題がイズルの耳にも入ってきた。
「イズルくんも出るんだよね」
授業の終了を知らせる鐘の音が鳴り終わると、隣の席のヒョータが眠りから目覚めた。
「そうだぞ。ヒョーたん。お前は帰って昼寝か?」
ひょうたんみたいな顔をしたヒョータは眠そうな目をこすりながら「そうだよ」と答える。
「イズルくんのことは、夢の中で応援してるよ。でも、その前に昼ご飯を食べないと」
「オレも試験前に腹ごしらえだ」
いつもならローザが誘いに来る時間だが、今日はファラともども既に姿が見えない。
ヒョータと食堂に行くことにした。一緒に行くのは久々だ。
行列に並んでいると、受験することを知っている何人かの女生徒が「頑張って」とイズルに声をかけてきた。
賑やかな食堂内でも、ヒョータはいつも通りだ。こっくりこっくりと首をガクガク揺らしながらも、パンをかじっている。こいつは四六時中寝ているのだろうかと感心してしまう。それでも、イズルとの会話にはしっかり応じてくるのだ。
とうとうヒョータは柱に貼られている千年祭ポスターに頬を押し付け、ミルクを飲みながら寝てしまった。せっかくの奇跡の文字もよだれにまみれて災難だ。
安全委員会の腕章が目に付くようになった。争いの増加を想定し見回りを強化しているようだ。学院内外で千年彗星を祝う空気は日増しに大きくなっている。それだけ気の緩みも出るということだ。加えて千年彗星は人々の精神力や魔力にも影響を与えるらしい。
主塔から供給塔への魔力供給量が例年より増えているそうだ。生徒たちにもその恩恵はある。気の緩みと相まって生徒同士の大規模な衝突が起きた場合、鎮圧するだけの人員が必要となるわけだ。
千年彗星という特殊事情が絡む今年の選抜試験は、注目度も上がり、会場を賑わした。
会場は剣術部門、魔術部門で分かれている。受験者は希望の部門を受験する。
採点項目は六項目あり、精度、範囲、防御能力、スピード、威力、耐久性がある。
屋外訓練場を取り囲む観客席は、生徒たちで埋め尽くされていた。会話や飲食をしながら試験の模様を眺める。青々とした空の元、受験者の緊張や焦りと観客の熱気によって、会場は高揚感に包まれて、どよめきが響く。
手続きを済ませたイズルは受験票を渡された。六項目が記載され、受験した項目は枠内にスタンプが押される。
受ける順序に決まりはなく、空いている項目から挑戦できる。
本部席には剣術部門顧問のガルドと、魔術部門顧問のレヴィアが控えている。
ガルドは丸太のような腕を組み、鋭い視線を試験会場に注いでいる。白髪交じりのヒゲを摘む。頬にはかつての激闘を思わせる傷がいくつも刻まれていた。目が合うとガルドはにんまりと笑った。
「思い切ってやれ、イズル」
野太い声が歓声を突き破って響く。
やめろ、暑苦しい。隣のレヴィアを眺めている方が精神的にも安定する。魔術部門の筆頭教師は今日も美しい。
手を振るとレヴィアは、早くしろ、と言わんばかりに手を払って、試験会場を進むように促す。
受付で精度の項目にスタンプを押してもらう。魔法陣から一体の影が出てくる。一定範囲内で上下左右に動く影を、剣で捉えることができるかを評価される。
影の動きはゴブリン並の早さを設定しているようであった。ギルドでは初心者用のクエストで紹介される敵だ。だからといって学生が簡単に倒せるわけでもない。
会場での緊張感の中では、素早い動きに対応できない受験生は多い。
イズルは動きを読み剣を振る。命中すると影は二つに裂けて消失する。次の影が魔法陣から出現する。
「いいぞ、イズル。その調子だ」
がはは、とガルドは豪快に笑い拍手する。
やかましいおっさんだ。最後の影を切り払い、次の種目へと移動する。
範囲の項目では広範囲内の敵を一掃する能力を測る。
防御能力では攻撃を禁止され、影による攻撃をどう捌くかが評価の対象となる。剣ではじくか、体裁きでかわすか。魔術部門では、防御障壁の耐久性も評価される。
項目の半分をスタンプで埋めた。一休みしようと手洗い場に向かうと、ファラとローザの二人に出くわした。
「あ、イズルっち」
にぱっとローザは笑顔を見せる。
「調子はどう?」
ファラが訊ねた。
「問題ないな。そっちは?」
「二人とも順調だよ」
受験票が差し出された。
精度、防御能力、威力の項目にスタンプが押されてあった。
「あとは後半戦だな。気を抜くなよ」
別れを告げてから、イズルが最初に受けた項目は、スピードだ。出現する複数の影を、制限時間内で何体倒すことができるかを評価される。どれだけ無駄なく効率的に動けるかを試される。
魔術部門だと、ここで高速詠唱以上の技術が必要になってくる。受験レベルを考えると、通常詠唱だと他の受験生と比較して、どうしても討伐数が足りなくなってしまうのだ。
スピード項目を終えると、魔術部門から歓声が沸き上がった。どうやら威力試験付近らしい。土煙の中から、遠目にファラの姿が確認できた。
彼女の実力なら生徒たちを驚かせるのに十分だろう。しかも彼女は一年生だ。観客席では上級生らしき姿が驚いて顔を見合わせていた。
残る項目は威力と持続力だ。威力は剣術、魔法ともに攻撃力を測定する。持続力については、剣術では一定の時間、剣を振り続ける体力があるか、魔法については魔法を打ち出せる回数、すなわち魔力の総量が採点される。
六項目すべてをスタンプで埋め尽くしたころにはもう夕方近くになっていた。