16 選抜試験四日前~
ここでこうしていることがきっと奇跡。
捻じ曲げることなんてできない。きっとそれが正しい。
だったら諦めることが正しい?
全て捨てて消えてしまうことが正しい?
そんなこと、できるわけない。
試験日四日前。
よく寝た。
昨夜は変な夢を見たせいで、寝不足気味だ。午後からの授業、陽気な日の窓際の席で眠気にあらがうのは難しい。
目覚まし代わりのチャイムが鳴るとイズルは天井に向かって、強く腕を伸ばした。
「イズルっち。行こー」
返事する間もなく首根っこを掴まれ、引きずられる。
「約束してた覚えはないぞ」
終業後の廊下は生徒たちで溢れかえっていた。生徒たちはこれからの予定や授業の内容などについて話している。その間をイズルが引きずられていく。
「ファラは?」
「今日から放課後は別々に行動することにしたんだ。試験が近いからね」
「で、なぜオレはこんなことになってる?」
目立つ光景だ。すれ違った生徒は、イズルとローザを振り返っている。
「見ててよ。イズルっちは合格だから暇でしょ」
「落ちたらローザのせいだがな」
ローザは高速詠唱を確実なものとしたいようだった。先日のゴブリン討伐で詠唱に失敗したことが引っかかっているらしい。
実戦訓練場で的を前にしての訓練に立ち会わされた。見た限り問題はなさそうだった。威力、そして試験での重要な要素となる高速詠唱は、ファラに及ばないものの合格基準に達しているはずだ。
本人は納得していないようだった。詠唱の際に虚空に視線を浮かべ、首をかしげた様子が印象に残った。
試験日三日前。
「イズルっち、ご飯行こー」
今日もローザは元気だ。ファラも伴って三人で食堂に行く。食事中の会話の内容は、試験の内容についてと、千年祭の飾りつけが進んでいるという話だった。
ローザは食事の最中に我慢できずに欠伸をしていた。ファラが根を詰めないようにと注意する。
放課後は昨日のように誘いに来なかった。
帰宅時に訓練場に一人でいる彼女を見かけた。彼女なりの課題があったのかもしれない。
試験日前日
今日も三人で食堂に行くことになった。
「ファラ、明日は緊張したら、手のひらに人の顔を描いて飲み込むんだよ。そうすれば緊張がほぐれるからね。あとは深呼吸も。朝はちゃんと食事を取って、水分も忘れずにね」
「それぐらい分かってるって。わたしのことばかりじゃなく自分の心配もして」
「私は」
勢いよく発した言葉に続いたのは、隣の席からの笑い声だった。ローザは空気を飲み込むように喉を鳴らした。
「うん、そうだね」
ありがと。呟きは食堂の喧噪にたやすく飲み込まれてしまう。
「オレの心配は?」
「イズルっちは大丈夫でしょ」
「私たちの合格祈っててね」
二人の口調には、イズルを心配する要素は微塵も感じられない。
イズルは日常的にギルドに通って命のやり取りをしている。
そのことと比較すると試験の合否は彼にとってそれほど重いものではない。
食事を終えたイズルは向かいに座る二人を眺めた。前日ということもあって、いつもより固い表情だった。この試験は彼女たちにとっても夢へとつながる一歩だ。
オレのことなど気にせず、自分の実力を出し切ることに全力を注いで欲しい。そして明日は、ファラの穏やかで、はにかむような笑顔と、ローザの子供のような笑い声を前に「おめでとう」とでも言ってやることにするか。