15 千年彗星ソフト
バングルからのデータ転送で、イリスは想定外の敵が出現したことを認識していた。
報酬には危険手当が上乗せされていた。こういう手際の良さはさすがイリスだ。
杖とマントを返却してからの合流地点は記念碑広場だ。門限の時間が迫っているため、先に行かせることにしていた。
「ご苦労様」
「ありがとね」
イズルの姿を見かけると、ファラとローザが小走りで出迎えた。
三等分した仕事の報酬を二人に渡す。受け取った金額を見てローザは眉を顰めた。
「多くない? 相場が分かんないけど」
「危険手当も追加されたからな。受け取っとけ」
「いやあ、私あんまり活躍できなかったしさ。こんなに受け取れないよ」
「私は、こんなの……」
ファラは呟いて、手の中の報酬を見つめる。疲れなのか頭が揺れ、姿勢が右方向へ傾いた。
イズルは彼女の肩を支えた。高速詠唱での魔法を連発したからだろうか、微かな重みを感じた。
「ごめん」
即座にイズルの胸を押して、ファラは距離を取った。ぽっかりとした空間が開いた。
手の行き場を失い、イズルは腕組みをする。
「ふられた」
イズルの言葉に、ローザは珍しく中途半端に口角を上げた。
「とにかく、三人での仕事だから、三等分だ」
「杖とマントのレンタル分も払ってもらってるし……」
突き返そうとして、ローザは急に報酬を握りしめた。ファラの手を握る。
「待ってて」
何を思いついたのか、ファラを連れて走り出す。先にあるのは屋台だった。夕方に差し掛かり、店じまいの準備を始めている。ローザが店主に声をかけて何かを話している。飛んだり跳ねたり忙しそうだ。
対して、ファラに激しい動きはなく落ち着いた物腰だ。
戻ってきた二人が持っていたのは、渦巻き状のアイスだ。ファラに差し出されたものを受け取る。
「杖とマントのお返しだよ。足りないけど」
ぴょん、とローザが跳ねた。りん、と頭の鈴が鳴る。
「夕食前なんだが」
「気にしない気にしない。休日くらいいいでしょ。ずっと気になってたんだよね、これ」
「千年彗星ソフトって言うんだって」
ファラに言われて、渡されたものを眺める。コーンの包装紙には「千年に一度の奇跡を!」の文字が躍り、その下には金や銀の星を背景にして大きな彗星の絵が描かれている。
コーン付近は白いクリームが渦を巻く。頂点に向かうにつれて、濃紺や紫色が入り混じる。トッピングには星が散りばめられていた。かじるとパキッと割れ、甘さが広がる。チョコレートだろうか。
「千年祭に合わせて作られた期間限定物だよ。ずうっと食べたかったんだ」
嬉しそうに舐めてローザが歩き出した。
「オレはそうでもなかったけど」
言いながら頂点を口に含む。甘いものが口の中でとろける。
「でも、まあ、うまいな」
千年祭に合わせて作ったということは、千年に一回しか作られないのか。いや、そもそも誰もそんなに生きていないか。となると二度と食べられないのか。
特別感はあるな。などとどうでもいいことを考えながらイズルは千年彗星ソフトを頬張る。
「んー、美味しい。これを食べられるだけで、千年彗星に巡り合った価値があるってもんだね」
ローザはうっとりと頬を赤らめた。
ずいぶん手軽な奇跡だな。さっさと食べ終わったイズルはキャッチフレーズの書かれた包装紙をクシャっと丸める。
ローザの背後でイルミネーションが灯り始めた。
「私、子供の頃はよくソフトクリーム食べて、口の周り汚してたんだ」
噴水があった。暗くなり始めた瞬間、噴水を通したイルミネーションは、ぼんやりとした光となって彼女を揺らした。
「ほんと、食べるの、下手だった」
その光は昼間とは違う彼女を演出しているかのようだ。
「つい最近まで、だよ」
ファラが言った。
「そうだね」
ローザは後ろ向きで歩く。パクリ、と口に含む。
広場を抜けて学院への緩やかな坂道を進む。よほどソフトクリームが気に入ったのか、ローザは機嫌よくリズミカルに歩いた。
彼女が食べ終わったのは、高台にある小さな公園に着いた頃だった。ステップを踏んで敷地に入り、景色を一望できる場所に陣取る。
眼前に夕焼けが広がった。イズルの前で両手を広げるローザの姿と、沈みつつある夕陽が重なる。オレンジ色がローザの笑顔を染め、塗りつぶした。
「もうすぐ、もうすぐだよ。来週には、もう試験の結果が出てる」
夕陽に染められた彼女の表情を伺い知ることはできない。
「ファラも、イズルも頑張ろうね」
明るく弾むいつもの声だけがイズルの耳に木霊した。