14 初めてのクエストその2~アルフレッドの屋敷
「そこにいろ」
後方に収束しつつある気配に目を向ける。洞窟の傍らに、魔法陣が浮かび上がっていた。森の奥、人気のない場所の魔法陣にイズルは訝しがった。
魔法陣は周囲の魔力を集積させ結実させる作用を持つ。体にエネルギーを充填させるための魔力源ともなる。
ゴブリンたちは作物ではなく、この魔法陣に引き寄せられていたのであろうか。あるいはこの魔法陣から召喚されて守護していた?
森に不釣り合いなほどの高レベルの魔法陣だ。
光の中に人影が現れた。影の曖昧な輪郭がゆらぐ。木漏れ日に照らされ、くっきりとした形を成していく。
何かが召喚される。この段階で中止させることはできない。イズルはその姿が明確になるのを待った。
背はイズルに近かった。平均より少し高いくらいだ。深い緑色の丈夫そうな素材の服は、シミや泥で汚れ、破れて穴が開いている様子からは、年月を感じさせた。
右手に持つのは園芸用のハサミだろうか。左手には雑草を刈るためのような鎌を握っている。持っている刃物類は錆びて、切れ味はなさそうだ。だが刃物を纏う毒々しさは、ただの園芸道具ではないことを物語っている。
かび臭い。ゴブリンと同種の臭いもする。あのゴブリンたちの親玉なのだろうか。
顔は土気色で生気はなかった。頬に苔が生え、目や耳からはツタが伸びていた。
その視線の鋭さから敵意を持つことだけは理解できる。
ファラとローザの息を飲む気配が伝わる。ただ事でない雰囲気に緊張している。
庭師といった風貌の男は魔法陣から動かなかった。草木で描かれた五芒星は濃い緑色の光で男を包んでいた。あの場所にいる限り魔力が供給され続ける。好意的でないのなら、あの場所に留まらせることは危険だ。
今すぐ距離を詰めて首を刎ねる。そう方針を決め、行動しようとするイズルより早く、足元の雑草が絡みついた。
地属性の魔法だ。風を切ってハサミが飛ぶ。剣で払い落し、雑草を切り離すと宙へ逃れた。枝が左腕を絡めとる。鎌がイズルの眼前に迫る。
大木を蹴り飛ばし、反動を利用してかわした。鎌はブーメランのように方向を変えて戻ってくる。
めんどくせえ。炎の魔法石を使って自らの体を覆った。
魔法と向き合わないからだ。レヴィアのなら、そんなことを言いそうだ。うるせえ、脳裏の声を黙らせ、飛んできた鎌に剣を叩きつける。
枝に飛び乗る。その足元に連続してハサミが突き刺さった。先手を取られた分、守勢に回る。炎の発動時間も残り少ない。枝やツタがイズルの周囲に群がる。炎が消えると形成は不利だ。
剣を振るった。
枝を切り、即興で火矢にして男に投げる。男は木の枝で盾を作って火矢を防いた。再びイズルを攻撃すべく、盾を解除し、姿を目に捉えようとする。
「遅い」
イズルの剣が男の胸を貫いた。
「逃がすかよ」
剣を指したまま魔法陣の外に男を押し出す。足をかけると、切っ先を地面に突き立てた。男は痙攣を繰り返す。動かないよう両腕を踏みつける。
男はもがくように体を揺すっていたが、やがて力が抜け、肉体が崩れ始めた。中心部分に赤い輝きがある。心核血晶だ。腰袋に入れて安定化させる。
「追加料金だな」
戦闘データはバングルを通じて、ギルドに記帳されているはずだ。クエスト依頼の難易度と乖離する敵が現れた場合には、危険手当を上乗せできる。
視界の隅にファラの姿がよぎった。違和感があった。彼女は唇を引き絞り、額を拭った。
「どうした?」
「何でもないよ」
イズルの疑問を跳ねのけるようにファラが答えた。ローザが間に入る。
「さっきの人は何だったの?」
ローザが魔法陣を覗き込んだ。
さあな、と答えたものの、魔人という言葉がよぎる。魔法陣から召喚された魔人の庭師。場所は街とあの屋敷の中間地点だ。
魔法陣の効力を奪っておくことにする。切り裂かれた魔法陣は魔力を失った証として、徐々に光を弱め、やがて完全に消失した。
絶命とともに、庭師の目を通した映像が途切れ、アルフレッドは目頭を押さえた。
「せっかくの魔法陣を」
屋敷の敷地は四方に魔法陣を巡らし、結界による強化を完了している。さらに範囲を広げ影響力を持つため、外部にも魔法陣を築いていくはずであったが、思い通りにはいかないものだ。
とはいえ落胆することばかりではない。魔法陣と庭師を経由した映像はゴブリンとの戦闘から始まり、イズルに敗れるまでをアルフレッドに伝えていた。
面白いものを見つけた。笑いが込みあげてくる。
なかなか良い手駒になってくれそうだ。いや、場合によっては……
「面白い人形も手に入りそうだ」
頬杖を突いてテーブルに小さな魔法陣を描く。光とともに手のひらくらいのゴブリンが現れた。ピョンピョンと跳ねる様子を眺め、アルフレッドは口角を斜めに釣り上げた。
ゴブリンに触れ、手のひらに納める。ゆっくりと力を込める。ゴブリンは苦しそうにもがく。少しずつ少しずつ絞めていく。やがてゴブリンは声を失った。
その直後、小さな体は破裂し、霧散し煙と化した。笑い声がこぼれる。煙は手のひらを通してアルフレッドに吸い込まれていった。
「お前も新しい家族が欲しいだろう?」
「はい、父上」
その答えにアルフレッドは満足する。少年の手を握る。アルフレッドは、手の甲に浮かぶベイル家の紋章を優しく包み込んだ。
やはり家族はいいものだ。
焦らずゆっくりと舞台を整えよう。千年彗星は間もなくやってくる。
静けさの漂う部屋に笑い声が響く。声は少しずつ大きさを増し、やがて屋敷に轟くほどとなった。