13 初めてのクエストその1
顔見知りのイズル一人ならギルドの手続きは滞りなく完了する。クエストを決めて手数料を払い、徽章を隠すためのマントと、ついでに杖もレンタルしてきた。
市場に戻るとイズルは、二人を人気のない路地に案内した。喧噪が遠くに聞こえる。
マントを装着するのを待って、杖を渡す。魔力の総量を増やしてくれるアイテムだ。
魔法の威力を高めるための精神力促進作用は付加されていないが、討伐対象を考えると不要だろう。高速詠唱による魔力欠乏に備えておく方が彼女たちにとっても安心材料になるはずだ。
「わあ。杖だ」
学院に武器の持ち込みは禁止されているため、ローザにとっても物珍しかったのだろう。杖を振って感覚を確かめている。
「ありがと。お金払うね」
「いいって」
ファラが懐に手を入れようとしたのをイズルが遮った。
「いや、よくないでしょ」
ローザが答える。隣でファラも頷く。
「これも含めてデートだ」
「デートじゃないし」
食い下がるローザには答えず歩を進めた。ここで問答している暇はない。クエストには想定外の事態がつきものだ。しかも不慣れな二人連れだ。ケガをさせずに帰還しなくてはならない。
「今度返すから」
追いかけざまファラが背中に向かって声をかけた。
依頼はゴブリン討伐だ。初歩の魔法でも倒せる。二人にとって初めての実戦経験だとすると妥当な選択であるはずだ。
数はそこそこ多いかもしれないが、高速詠唱の技術を行使すれば対処できる。安全委員会の魔法士部門の試験においても必須技術となっているので、予行演習としても最適だ。
目指す場所は、前回の仕事現場となったアルフレッドの屋敷と街の真ん中あたりだ。
畑の作物を荒らすゴブリンが増えて困っているとのことだ。寝静まった深夜に森の方からやってくるそうだから、そちらの方へ向かえば拠点があるかもしれない。
中央市場から離れると、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静けさが漂う。遮るものがなく風が強くなり、代わりに木々のざわめきが聞こえるようになった。
森の中は街より一段涼しくなる。遠目に畑を確認したあたりで、草を踏み潰した形跡があった。
「索敵魔法を使ってみろ」
植物に紛れて、風に乗る魔物の臭いを感じた。
「魔法だけに頼るな。五感を駆使するんだ」
すでに視線を感じている。探知にかからない範囲外からのゴブリンの視線。
イズルは地を蹴った。小さな影が蠢き、跳ねる。複数の影が線状に並ぶのを見計らって剣を払う。数匹のゴブリンが両断された。
後方でも戦闘が始まったようだった。振り返ることなく気配を探る。敵の数は前方に集中している。彼女たちも適切な対処をしている様子だ。
ならば、と前方の敵に意識を向ける。進行ルートでの打ち損じはない。四方を囲まれる可能性はない。剣を振るう度にゴブリンたちは数を減らしていく。
洞窟が見えた。中からひと際大きいゴブリンが姿を現す。あれが親玉か。
ギャッギャッと牙を向き、こん棒を振り上げる。それより早く刃が走った。閃光が駆け抜け、ゴブリンの頭部が地面に転がった。
慣れた戦闘行為とはいえ、感情は昂る。一呼吸ついてから振り返った。
二人は分散して戦っていた。ファラは氷結の魔法を唱える。炎を使わないのは木々を焼いてしまわないための配慮か。
唇に魔力を乗せ、高速で詠唱する。杖を振るいゴブリンたちを凍らせる。高速詠唱の技術で、頭数の多いゴブリンにも対応できている。
ローザは、と視線を移す。
「わあ、待って待って」
彼女はゴブリンに取り囲まれていた。普段の明朗さは失せ、焦りの色が見える。防御障壁を張って時間稼ぎをしながら、高速詠唱を始めた。
その動きが、止まった。杖の輝きが消失する。高速詠唱をするなら短時間でリズムよく発動させる必要がある。
数の多い敵はテンポよく倒さなければ取り囲まれてしまう。平常心を喪失しているのだろうか。レヴィアと三人の補習では無理なく高速詠唱を行えていたはずだ。
救助するのはぎりぎりまで待つことにする。戦闘経験を積ませることが今回の目的だ。安易に助けては彼女のためにもならない。
救助の判断基準は、彼女の障壁が破られるまでだ。
「ローザ落ち着いて。呪文をゆっくり確実に」
ファラの助言で我に返ったのか、表情から焦りの色が薄まった。ローザは高速詠唱をやめ、一言ずつ嚙みしめるように呪文を紡ぎ出した。
ファラが加勢して氷結魔法でゴブリンをなぎ倒し、ローザへの障壁も強化する。複数魔法の連続発動は、脳内で同時に、別々の魔法のイメージ生成できなければ不可能な技術だ。
呪文が完成し、ローザの氷結魔法が放たれた。周囲の空気を凍てつかせ、ゴブリンたちの動きを封じ込めた。
「ファラ、ありがと」
完成したゴブリンの氷漬けは、木漏れ日を受けて光る。こん、と氷を杖で叩き、ローザは肩を落とした。
「疲れたー。呪文、度忘れしちゃったよ」
その場に座り込む。
空気を求めるかのような表情は、疲れのためか、安堵なのか、それとも別の何かなのか、イズルには分からない。
「そんなこともあるよ」
慰めるようにファラが頭を撫でる。うん、と小さくローザは返事をした。
戦闘終了後の解放感が場を満たした。鳥のさえずりが聞こえてくる。イズルは二人に近寄った。ケガをした様子もない。最低限の目標は達成できそうだ。ギルドに戻ってクエスト完了の届け出をすることにしよう。
ねぎらいの言葉をかけようとしたところで、イズルは足を止めた。結界石を彼女たちの足元になげた。石を中心にして、光が四方向に広がり、彼女たちの頭上を頂点として結ばれる。