11 記念碑広場の笑顔
ローザは心が躍るのか、イズルの前をスキップしている。
安全委員会の選抜試験ももうすぐだ。
今日の仕事が、選抜試験に行かされるなら彼女たちにもいい経験になるだろう。
学院から街までの道は坂になっていて、ローザはつまずいては転倒しないように足を踏ん張る。それでもスキップをやめない。
高台にある小さな公園を過ぎた先には、記念碑広場がある。
中央に噴水があり、奥には街の歴史を刻んだ記念碑と初代国王の彫像が設置されている。
住民の憩いの場になっており家族連れや、ベンチで一休みする人の姿があった。甘いものを販売する屋台もあり、子供が親にせがんでいる様子もうかがえる。
このあたりは、学院内よりも千年祭の飾りつけが進んでいる印象だ。
「ごめんね、予定狂わせちゃって」
申し訳なさそうにファラが言った。
噴水のそばでローザが小さい体を広げて「遅いよ」と叫んでいる。
「いいって。オレは金儲けよりも、女の子とデートする方が楽しい。しかも相手は二人だ」
おどけて答えるとファラは静かに口角を上げようとしてうつむいた。笑顔を作り損ねた、そんな印象を与える。
「誰かを守れるくらい強くなりたい。だから迷惑だって分かりながらも付いてきた」
その表情からは、学生には似つかわしくないほどの張りつめた決意のようなものを感じる。少し力を加えただけで簡単に壊れてしまいそうな、たった一つの間違いさえ許されない危うさが見え隠れする。
「あー、っと」
イズルは頭をガシガシ搔きむしると、ファラの頬をつまんだ。
「何するのよ」
頬を引っ張られたまま、ファラが睨む。
「笑え。うん、ファラはもっとローザみたいにバカっぽく笑ったほうがいい」
「誰がバカだって?」
背後から怨嗟の声と、魔力が収束する気配。振り返らなくても分かる、その色は赤く炎のように揺らめいている。
「ていうか、そろそろ離してほしいんだけど」
前方のファラの手が青白く光っていた。
二人の連続攻撃。迸る閃光を飛びのいてかわすと、着地を狙ったローザの炎が襲い掛かってきた。
「おわっ」
見事なコンビネーションだ。バランスを崩してイズルが噴水を避けようとしても時すでに遅しだった。豪快に水しぶきを上げて噴水に尻もちをついてしまった。
頭に水が降り注ぐ。春先といっても、水に浸かるのは冷たい。
水の中で座ったまま憮然としていると、突然ファラが口元を手で覆い、腹を押さえた。声が漏れる。肩を震わせ、ふ、と指の隙間から音がこぼれた。はは、とファラがイズルを指さして笑い出した。
「何だよ?」
「だって、授業で戦った時は私の魔法かすりもしなかったのに。こんなっ……、簡単にっ」
ローザはファラの様子に瞳を大きくし、噛みしめるようにゆっくり瞼を下した。その微笑みは優しく、寂しそうでもあった。
「あははは、イズルっち。みっともない!」
ファラに続いてローザが笑い出す。
「びしょ濡れじゃん」
「あーうるさいっ!」
噴水の水はイズルの頭を打ち続けている。
長めの前髪が額に張り付く。滲みる水に目を細めた。
前髪の隙間から見える二人の姿は、水滴により光の反射を受け、輝いて見えた。
その笑顔を眩しく映してくれるなら、こんな道化を演じるのも悪くはない。そう思えた。