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1 冒険者ギルド「リュミエール」

「うげ、やっぱり男だらけだ。空気がモワってしてんな」


 イズルは冒険者ギルドの雰囲気がどうにも苦手だ。


 まず男が多い。夜にくると、もう最悪だ。耳が痛くなるほど野太い声での笑い声や、クエストの武勇伝が、大広間に響き合って掲示板のクエスト探しもおちおちしてられない。暑い日だと汗の臭いや酒の臭いやらで、鼻がもげてしまいそうだ。


 この繊細な鼻がかわいそうだ。

 イズルは鼻に触れながら大広間を見渡した。女性冒険者がいると、ほっとする。彼女たちはまるで荒地に咲く一凛の花だ。


 戦闘後でも男とは違って、嫌な臭いは一切しないし、見目麗しい。知り合いの女性冒険者に手を振って、イズルは掲示板に目を通す。


 イズルはアルテナ学院に通う学生だ。学費のために、校則を破ってまでギルドに来たのだから、手軽に稼ぎたいものだ。


 近頃はゴブリンに関する依頼が増えている。クエストの種類は豊富だが、どれも報酬としては物足りなかった。


 とはいえ、簡単で儲かる仕事は、他の冒険者も皆狙っている。

 割のいい仕事は簡単には見つからない。効率よく稼ぐには、難易度の高いクエストだ。


 イズルは一枚の紙を取った。


「よお、イズルじゃないか」


 両手に空のジョッキを握りしめた男が、大広間の中央に陣取り、イズルを呼ぶ。


「げ!」


 見目麗しい女性冒険者とは正反対の、暑苦しい男性に声を掛けられ、イズルはげんなりした。


 猛獣のような出で立ちの男性冒険者だった。熊のように生えそろったヒゲには、ビールの白い泡が付着している。


 ガルド・ブレイカーは、ギルド「リュミエール」でも古株で、10代後半にデビューし、20代後半には既に冒険者の中でも名の知れた存在だったという。


 アルテナ学院では剣術も教える教師だ。

 ともにテーブルを囲む男たちは、頬を赤らめ談笑していた。


「仕事か」


 ガルドはイズルが持つ紙に視線を送る。


「ああ」


「学生のギルドへの出入りは校則違反だぞ」


 しゃっくりをして、ガルドは手招きする。ビールを突き出す。


「いらねー」


 イズルは酒の臭いが苦手だ。


「ゴブリン退治でもしてきたのか。最近増えてるんだって?」


 酒の臭いに混じって、ゴブリンだか、魔物だかの獣臭がある。イズルは嗅覚が鋭い。


「いや、今日は人食い植物の退治だ」


「ふうん」


 イズルはビールを無視して、一番大きな肉にかじりつく。


「おい、オレの肉」


「え、ダメなの? もう食っちまったけど」


 ほれ、と骨を渡す。


「やるよ。骨食ったら、骨折しにくくなるらしいぞ」


 イズルが差し出すとガルドは骨にかぶりついた。

 バリ、バリバリ。豪快な音を立てて、骨をかみ砕くガルドの姿に歓声が上がる。


「うん、うまい。確かに骨もいけるな」


 どんな歯してんだ、この熊親父は。

 ガルドは冒険者歴40年を超える。皺が増え、白髪が増えたとはいえ、骨を砕く顎の強さは衰えを見せない。


 満足げに骨を飲み込むガルドに触発され、イズルはテーブルで目ぼしい料理を探す。仕事前の腹ごしらえだ。パンを拾い上げようとすると、男の目に置かれた小さな紙切れに気づいた。


「短冊?」


 イズルはパンを齧った。


「お、よく気づいたな」


 細面の若い冒険者だった。男は短冊を摘まんで左右に振った。


「カウンターに行くと貰えるぞ」


「注文書か?」


「違う違う。これに願い事を書くんだ。千年祭でこれを火にくべれば、煙となって彗星に願いが届くってこった。お前もやってみろよ」


「いらない。オレは欲しいものがあったら、自分の力で手に入れる」


 千年に一度の大彗星が接近しているらしい。この天体ショーを歓迎して、街中が千年祭で盛り上がっている。星に興味がないイズルでも知っているほどだ。


「望んでも手に入らない物だってあるかもしれんぞ」


「例えば?」


 イズルは残りのパンを口に押し込んだ。


「目に見えないもの。家族の幸せ、とかかな」


 男は顎に指を当て、遠い目をする。

 うひょー、と仲間が叫び声を上げた。


「こいつ子供ができたばかりでよ。短冊で家族の幸せを願うんだってよ」


 冷やかして騒ぎ出した仲間たちの前にも、それぞれ短冊が並んでる。


「全員かよ。あんたらロマンチストだな」


 生き死にが交錯するギルド内に出入りするのは、荒くれものの冒険者たちだ。


 そんな彼らがそろいもそろって短冊に願いを込める。千年彗星には、人々を魅了する特別な魔力でもあるのだろうか。


「俺は地位」


「俺は名誉」


「俺は金」


「俺は優しい嫁さん。ああ、温かい手料理が食べたい」


 うっとりと、未来の妻に思いをはせている。


「あんたもあんの?」


 イズルはガルドに訊ねる。

 おっさんどもの夢になんぞ興味はないが、話の流れだ。ついでに聞いてやることにしよう。


「俺か」


 ガルドはジョッキを置いて天井を眺めた。そうだな、呟く横顔にいつもの豪快さはない。


「自由、かな」


 ガルドの答えに仲間たちが笑い出す。


「あんた、いつも自由にしてるだろ」


「そうだぜ、今日だって作戦無視して一人でクエスト終わらせちまってよ」


 両隣の男が丸太のような腕に拳をぶつける。


「そういやそうだな。俺はいつも好き勝手にやってたわ」


 がははは、とガルドはジョッキを掴んで飲み干した。


「ガルドの旦那。オレと一緒に嫁さん、探そうぜ」


「いい、いい。俺はもうそんな年じゃないからな」


「お前はどうなんだ、イズル」


 家族の幸せを願う男が言った。

 名前は忘れた。まあいいか。

 少し考えて答える。


「オレは、そうだな。世界中の女の子の幸せかな」


「イズル。女にばかりかまけてると、そのうち痛い目に合うぞ」


 ガルドは酒のつまみを探して、口にアーモンドを放り込む。


「オレは女の子の幸せを願わずにはいられない優しい男だからな」


 その願いを短冊に書くとしよう。

 イズルはポケットのコインをテーブルに置き、カウンターを目指した。


「まあ、それぞれの願いがあるってことか。戦う理由だってみんな違うわけだしな」


 ガルドの言葉を背中で受け、イズルは手を上げて応えた。


「おい、その依頼、予定外のことがあったらすぐに撤退しろよ」


「大丈夫だって」


 イズルは軽く受け流す。

 掲示板の紙を奥のカウンターで渡し、了承されるとクエストが開始する。

 顔なじみになれば、公開できない事情がある依頼を紹介されることもある。


「お、イズル、久しぶりだね~」


 短く編んだ髪が跳ねる。カウンター内のイリスは依頼書を受けて目を通した。


「授業があるから、前ほど来れないんだよな」


「そうだそうだ。アルテナ学院の生徒さんになったんだ。貴族のお坊ちゃんみたいだね」


 イリスは背後にある棚から帳簿を出し、間違いがないか照合している。


 カウンターには短冊が重ねて置かれてあった。待ってるだけなのも退屈だ。イズルは短冊に願いを書く。

 世界中の女の子が幸せになりますように。


「ふわっとした願い事だね。イズルらしいけど」


 イリスは目と指で字を追っている。その指が止まる。


「本当にこの依頼受けるの?」


 選んだ依頼は魔物の討伐だ。


「オレには制限はついていないはずだろ」


 実績と難易度がそぐわない場合は拒否されることもある。イズルが重ねてきた実績を考慮すると問題はないはずだった。


「まあ、そうなんだけど」


 言いながらも止めた指先は動かない。視線はイズルと肩の向こうを行き来する。


「何だ?」


「ま、いっか。今回は討伐だね。手数料は前払いかな?」


 手数料は前払いと後払いを自由に選択することができる。


 前払いにすると、クエスト中に得た金銭やアイテムはすべて自分のものとすることができ、後払いだとギルドと折半することになる。


 クエストが失敗した場合は、前払いでは手数料は変換されないが、後払いでは割引してもらえる。前払いはハイリスクハイリターンであるといえる。


「はい、バングル」


 手数料を払うと鉄製の腕輪を渡された。装備すれば外部からもクエスト中であることが分かる。


 バングルを装着することでクエストが開始し、討伐数やアイテム類の入手状況が、ギルドの台帳に自動で記帳されることになる。


「今から内容を説明するよ」

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